Case.6

 富樫さんの話を、時には宥めながら、時には笑いながら聞きつつ、バスに揺られて30分程すると、窓の外に僕らの目的地が現れた。ちょうどのタイミングで信号が赤になったらしく、バスの動きが止まった。僕はその隙に、対向車線の向こう側に見えるその場所を、走る車の間から眺めてみる。

 高層ビルがひしめき合う街で、背の高い木々や塀に囲まれているそこは、他のビルと一線を画していた。厳重そうな石造りの門は広く、青銅色をした柵は開かれている。その門から、出入りする車や人の姿がチラチラとみえた。

 今見えるのはそれだけ。だけど、窓によりかかるようにして外を仰ぎ見れば、門の奥にある巨大な建物の一部が目に入る。

 やっぱり高い。首都の高層ビルはそもそも高いのに、ここはレベルが違う。要塞のように聳え立って、僕らを待ち構えているみたいだ。

 だけど、不思議だな。こんなに厳格なのに、無数にある窓ガラスが太陽の光を反射してキラキラ光って、木の葉が風に揺られていて。そんな景色をみていると、物凄く温かい気持ちになる。

 何だろう、この気持ちは。

 新たな一歩に、緊張と興奮で胸がざわついている。だけど、その他にもなにか感じるんだ。

 その気持ちが懐かしさだということに気づいたとき、僕の手は無意識のうちに窓ガラスに触れていた。

 

(なんだろう、これ)


 ドクン、と跳ねた心臓。まるでそれが合図だったかのようにバスが再び動き出し、僕はハッとして窓ガラスから手を離した。


「いよいよだね……!」


 隣にいる富樫さんが、先ほどまでのプライベートな雰囲気から一遍し、真剣な表情を見せる。僕の変化には気づいていないようだった。


 「あ、あぁ。そうだね、頑張ろう」


 余計な心配を与えないように、気を取り直して小さく頷く。あそこに着けば、警察官としての僕、いや、僕らのこれからが決まるといっても過言ではない程の、重要な任務が待っている。


 でも、やっぱり。

 さっきのあの感情は何だったんだろう。ここに来るのは初めてなのに、‶懐かしい″だなんて。

 少しの違和感を抱いたままの僕のことなんてバスの運転手さんは知る由もなく、滑らかな運転で僕をあの場所へと連れていく。

 信号を右折して、Uターン。あっという間に、門の前だ。


 「ねぇ、どんな人に出会えるかな」


  門をくぐってすぐ、そう呟いた富樫さんの声は、微かに震えていた。その理由わけはきっと。


 「分からないけど、けど。もしかしたら出会えるかもね」


 同じように、僕の声も震えている。

 怖いからじゃない。緊張しているけど、それも違う。

 僕らを待つまだ見ぬ‶彼ら″に、引き寄せられ、焦がれているからだろう。

  

 

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