Case.5

「富樫さん、わざわざ呼びに来てくれたんだね! ありがとう」


 先に歩いていた富樫さんに駆け寄り、隣りだって歩きながらお礼を言えば、彼女は「全然!」といいながら、顔を左右に振る。


「正直言うと、私一人でバスまで行くのに耐えきれなかっただけっていうか……ね?」


 ほら、と腰あたりの高さで小さく人差し指を伸ばし、くるくる回した富樫さん。その仕草につられて周りを見渡すと、広い敷地に点々と散らばる他の卒業生の家族やその他関係者が、どうやら通りがかる僕らを遠巻きに見ているような気がする。例えば、誰かと話しながらチラチラ、もしくは興味深そうにじっくりと。


 それでようやく、富樫さんが言わんとしていることが分かった。どうやら僕らは、先ほどの式の最中に読み上げられた所属先によって、たくさんの人達の印象に残っていたらしい。僕のときも結構ざわっとしたけど、僕の前に読み上げられた富樫さんは、多分女性ということもあって、ひと際驚きの声があがっていた。


「こんなに注目されるなんて思ってなかったよ

ぅ……」


 本当に困った様子で両手で頭を抱える富樫さんだけど、普段からコミカルな動きが多いからか、その様子に少し笑ってしまう。


 「大丈夫だよ、そんなに緊張することじゃない

って」


 確かに、見られていることに気づいちゃうと少しやりづらいけど、僕らはこれから何かするわけでもなく、ただ歩いているだけだ。


 そんな風に思いながら、富樫さんに向けて肩を竦めて見せる。すると彼女は、大きくため息をついて肩を落とした。そして僕の方を見たかと思えば、頭のてっぺんからつま先まで視線を走らせ、もう一度ため息をつく。


 「そりゃあ、蓮川君は人から見られることに慣れ

てるかもしれないけどさぁ…!」


 どこか恨めし気にそう言われ、その言葉の真意を測りかねている間に今度は「私なんか変なところないかな、なんかついてたりしない?」と、しきりに身だしなみを気にし始める。訓練や授業では成績優秀なのに、彼女自身の性格はとても謙虚で、どこかおっちょこちょいなところがある。みんなそんな富樫さんを構いたがって、よく同期の間で引っ張りだこになっていた。今思えば、彼女には人を惹きつける何かがあって、それは僕ら同期がまとまるための重要なひとつだったと思う。


 「大丈夫だって。いつもの富樫さんだから」


 笑いながら本人に伝えると、「なんだか馬鹿にされた気がする」と彼女が自分をどう評価しているのかが分かるような答えが返ってきて、しばらくすると諦めたように苦した。


 「ごめん、今から配属だと思ったら緊張しちゃっ

て」


 「あぁ、それは僕も」


 やっぱり、緊張しないなんて無理だよ。初めてって、ワクワクするし嬉しいけど少し怖い。これから乗り込むバスの行先は、ずっとあこがれ続けていた場所だから。


 「あ、富樫さん。今日ご家族は?」


 少しでもリラックスしてもらおうと話題を変える。けれど、それが失敗だったことを、富樫さんの引きつった顔を見て察してしまった。


 「来なかったんだよね……。あっちで待ってるっ

て言われて」


 富樫さんが「あっち」と指さしたのは、フロントガラスの左上『セントラル行き』の文字が掲げられた黒いバス。


 まさしく、僕らの乗ろうとしているバスだ。


 富樫さんの家族は々続く警察一家。ご両親はもちろん、両方の祖父母も元警察官というとんでもない経歴を持つ。


 「っもう、余計にプレッシャーだよぉ!」


 今まで抑え込んでいた感情があふれ出したのか、遂に富樫さんが叫ぶ。


 富樫さん。人に見られてあれだけ困ってたのに、今自分で注目集めちゃってるよ? 


 なんだなんだという顔をしてこっちをみる人たちに軽く会釈をし、とにかくバスに乗るため彼女の背を押す。


 「ほら、一緒に頑張ろう」


 「うぅ~! 蓮川君!」


 「はいはい、わかったから。バスで聞くから」


 僕は、とんでもない話題とプレッシャーを彼女に与えてしまったのかもしれない。富樫さんとは別の意味で頭を抱える僕に、セントラル行のバスの隣に停車していた近くの交番行のバスの中から、網目君が小さく手を振るのが見えた。


 







 

 


 

 

 

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