Case.3

  「はい!」


 名前を呼ばれることは分かっていたはずなのに、さっきの一件で動揺してしまったせいか少しだけ声が上ずってしまった。けれど、それを悟られないよう何でもないような顔をして前に出る。ちなみに、僕が返事したのをみて本部長が片方の眉を若干吊り上げたのも、気のせいだと思いたい。


 壇上ではなく、卒業生が並ぶ列の前に置かれたセンターマイク。背中越しに、これまで一緒に頑張ってきたみんなの視線を感じる。


ここに集まったのにはそれぞれの理由があるけれど、目指したものは同じだった。それが分かっていたから、どれだけ厳しくて辛い訓練の日々も乗り越えられた。そこにヒトも獣人も関係なくて、お互いを認め合って、助け合って、時にはぶつかり合いながら、そうやって僕らはここまでやってきた。


本当に大変なのはこれからだって分かってるけど、きっとみんなと過ごした日々や培ってきた友情が支えになっていく。それは本部長が言っていたように、苦しいこと辛いことを乗り越えるための力にだってなるはずだ。


 誰かが僕を必要とすれば、かならず駆けつける。そして僕が誰かを必要とすれば、このなかの誰かが絶対に駆けつけてきてくれる。そう胸を張って言えるほどに、僕らの繋がりは強い。


 だから。


「我々! 初任科第百五十二期生は……」


 僕たちの友情に、そして新たな未来に、今できる精一杯の誓いを。










 式が終わり、演奏隊が奏でる曲に乗せて退場すると、外にはずらりと家族や警察関係者が待っていた。卒業生が各々駆け寄ったり、向こうから駆け寄ってきたり。それは僕の家族も例外じゃなかった。

 

 学校の門のそばで、二人寄り添うように並ぶ父さんと母さん。母さんは、桜色のハンカチを目に押し付けて俯き、肩を震わせている。そんな母さんを、父さんはしょうがないな、って顔をしながら背中に手を添えて立っている。その光景をみるだけで、たちまち温かい気持ちにさせられた。


 「父さん、母さん。来てくれたんだね」


 駆け寄って声をかけると、母さんが勢いよく顔を上げる。


「当たり前でしょう。あなたのこんな立派な姿、もうお母さん嬉しくて!」


 そして、僕をぎゅっと抱きしめた。


「母さん、昨日からこんな調子だったんだぞ。『燈護は自慢の息子だわ』って、晩ごはんのときにも泣いてたんだから」


「えぇー。もう、ちゃんと水分とってよ。頭痛くなっちゃうからね」


 嬉しいけど気恥ずかしい。でも、これまで母さんにはたくさんの苦労をかけた自覚があるから、僕もぎゅっと抱きしめ返す。


 もうずいぶんと前に母さんの背は追い越して、いまじゃ僕のからだにすっぽりと収まってしまう。けれど、この心強さと温もりは母さんしか持ってない最高の武器だ。僕なんて一生敵わないんだろうな。


「お母さんは燈護が誰よりも何よりも大切よ、これからもずっと」


ぎゅっと抱きしめ返した僕に便乗して、母さんも力を込め、ギュウギュウ締め付けながら左右に揺れだす。


「ちょ、母さん! 苦しいよ!」


そんな様子を微笑みながら見守っている父さん。でもそろそろ、本当に苦しいんだけど?分かってるくせにとめてくれないんだから。


母さんの背中越しにこっそり目線で助けを求めると、母さんの肩にポンっと手を置いて、やっと落ち着かせてくれた。


「でも、父さんだって、燈護は自慢の息子だと思ってる」


「うん。わかってる」


僕はヒトの中でも背はある方だけど、父さんはもっと大きい。語りかけてくる目も、無骨で男らしい大きな手も、小さい頃から僕のあこがれだ。そんな手を、父さんが差しだす。


「よく頑張ったな」

「うん」


その手に自分の手を重ね、固く握手を。


「燈護、お前が今こうして目の前で元気に笑ってること、父さんは未だに感謝してる」


 父さんの目が少し潤んで、僕も少し鼻の奥がツンとする。


 「そうだね。僕もそう思う」


  僕がここにいられるのは、あのとき助けてくれた人たちがいたからだ。


 一月の、肌寒い風が吹く中で、僕はほんの少し前の自分を思い出す。病院のベッドに寝かされ、死を待つしかなかったあのときの僕を。


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