Case.2
僕らの門出を祝うこの式もいよいよ佳境を迎え、残すは本部長の挨拶と誓いの言葉のみとなった。
名前を呼ばれた本部長が席を立ち、カッカッ、とヒールの音を短く小刻みに響かせながら壇上へと向かう。あの人は、鷲の獣人だと聞いた。確かに、彼女のしゃんとした背中に生えている翼は凄く立派で大きくて、広げれば人ひとり包むことも難なくできそうだ。僕ら卒業生を含め、会場中の視線を一心に集めた本部長は、演台へとたどり着くと、静かに礼をした。そして一歩、演台のマイクへと歩み寄る。
「卒業おめでとう、雛鳥たち」
ハッキリとして麗し気な声と、鋭い眼光。そこから発せられるのは、期待と圧だ。たった一言だけで、比較的和やかな雰囲気だった会場の空気に緊張感を加えることができるその人は、壇上から目の前の僕らだけを見つめている。
「諸君らは、本日をもって守られる立場から守る立
場となった。我々警察官にとってはヒトも獣人
も、この街に住む全ての存在が、自分よりも尊ぶ
べき存在でなければならない。そして、彼らにと
って我々は、平和の象徴であり、頼れる存在でな
ければならない」
本部長の一言一言に、どこか浮ついていた気持ちが落ち着きを取り戻して、徐々に踏み出した一歩がどれほど大きいものなのか、その実感がわいてくる。ここにいるだれもが、彼女の言葉を聞き逃すまいとしていた。
「困っている人が頼りたくなるのは優しい人だ。そ
して私は、優しい者はみな強いと思っている。
数々の痛みや苦しみを味わい、それを乗り越えて
きた者は、同じような痛みや苦しみにもがく誰か
に寄り添い、救うことができるはずだ。」
だから、と本部長が息を吸う。
「自分よりも大切な存在を守るために、誰よりも優しくあれ」
そう言って、少し微笑んだ。キリっとした目と厳しそうな雰囲気が相まって、ドライな人かと思っていたけれど、そんなことなかった。クールだけど、物凄くアツい。言葉の節々に、僕らへのエールと警察官という職業への誇りが詰まってた。これから僕らはきっとたくさん傷ついて、たくさん苦しい思いをして、困難にぶつかるはずだ。けれど、それは、僕らを必要とする誰かのため。本部長のこの言葉を思い出せば、自分より大切な人たちのために、乗り越えて前に進んでいける気がする。
本部長はその一言で挨拶を締め、始まりと同じように静かに頭を下げる。すると会場は、今日一番の拍手に包まれた。顔を上げて前を向いた時にはもう、本部長からはあの微笑みは消えていたけど、その代わり、褐色の肌によく映える赤いリップがのった唇の端を片方だけ持ち上げて、挑発的な表情を浮かべていた。
あれ、なんだか嫌な予感がする。
そう思ったと同時に、本部長がもう一度マイクに近づいた。
「これからの毎日は、隣の人間を尻尾で叩くような暇はないぞ」
これまでもよく通る声だったけど、さらに聞こえやすかったね。表情とは裏腹に地を這うような低音だったもん。ねぇ、アレ絶対僕らの事だよね? ね、網目君。
以上だ、と壇上を降りた本部長が、来賓のために用意された席へ戻る前に一瞬だけ僕と網目君の方へ、まさしくギロッ、という効果音がピッタリな視線を向け、それから颯爽と自分の席に戻っていた。その迫力といったら凄まじくて、思わず肩がピクっと跳ねてしまったほど。
教官や諸先輩方から受けた「どんな相手がきても怯んじゃいけない」っていう教えをまさか初日に破るなんて……。
落ち込む僕とは裏腹に、のんきな網目君は「やっぱり、鷲の獣人って目ぇいいんだなぁ」と、相変わらず楽しそうにしていた。
そして式もいよいよ最後。
「最後に、卒業生代表による宣誓を行う」
教官が起立、と号令をかければ、誰一人として遅れることなく、みんな同時に立ち上がる。
「卒業生代表、蓮川燈護巡査! 前へ!」
「はい!」
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