第49話 誓約の更新

 魔王についてはこれで凡そが決まったこととしても良いのだろう。陛下が私に顔をお向けになった。


「ローダネル伯爵令嬢、巫爵になるに当たって希望する姓はあるか」


 私の方は文書の改訂が行われ、この件に関する取決が纏めて書き加えられた新たな誓約書が作成されるだろう。


 その新たな誓約書に、私は巫爵として署名することになる。


 この国で使われる一般貴族の呼称は、名・姓・統括領地名となっていて、特殊貴族である巫爵は、名・性・識別呼称となる。因みに王族の方々は、名・姓・継承権・国名となり、王位継承権がない者には継承権の部分はつかない。また名称には性別による変化もある、私がローダネル伯爵令嬢で統括領地名がローダネラとなっているのはその為だ。


 一般貴族の統括領地名は何処の家の出身か分かるように嫡出子全てに引き継がれるけれど、姓は嫡子のみに引き継がれるので、私が巫爵になってもウィルを名乗っていては後々に問題が生じるだろう。生まれる予定の弟か妹に名乗らせるべきだ。


「……レナ、はこのまま名乗らせていただきたく存じます。姓も識別呼称も、お変え下さい」


 そして問題が起きた時に家族を巻き込まない為にも統括領地は、……出身の家も名乗らない方が良い。分かっていても寂しさはどうにもならない。私は弱く拳を握ったけれど、叙爵もどうにもならないのですぐに解いた。


 せめて、父母がくれた名前だけはこのままに残しておいて欲しい。それと、


「また私の称号をそのまま使うことはお控えいただきますよう、強くお願い申し上げます」


姓でも識別呼称でも、名付けによって国有化されるのも許せない。私の努力も所有物も、私だけのものだ。


 そしてどう考えても問題しかない称号なので余人に知られる機会は可能な限り減らしておきたい。【陰の巫女】も【魔導秘法館の主人】も、利用を企む、奪取を目論む、能力に縋る等の厄介事を引き寄せてしまう気がする、既に魔王から目をつけられているのが証拠だ。


「力は誇示して威圧や牽制に使うものではないのか?」


 その張本人が心底から理解が出来ない、というように首を傾げているので、私は目が据わってしまう。


「不要な厄介事は先んじて避けるべきでしょう」


 棘のある口調で嫌味とも取れる言葉が口を吐いて出た、溜息を吐くのとどちらがより嫌味に思われただろうか。何方でも構わないけれど、魔王の要求を呑んだ以上は厄介事に煩わされている余裕はない。やることは多く、これからも増えるだろう。


 私の称号を知っている御三方が、厄介事の防止に協力的でいてくれれば良いのだけれど。


──ああ、そうだ、そうしよう


「──ブランズ近衛兵長、先の件での報酬を今此処でお願いしてもよろしいでしょうか?」

「! 伺います」

「私の後見となっていただきたいのです」


 近衛兵様に、厄介事が生じた場合は処理していただくことにした。


 想定する厄介事に対処し得る権力が私にはなく、父母には魔王に関する一連の件の情報が伏せられている、事情を知る後見人は欲しい。また陛下と従弟である上に直近の兵であり、更には妃殿下の実弟でもある、この国の筆頭夫妻に対して恐らく最も意見が通り易いので近衛兵様以上に、後見人として有難いお方はいないだろう。


 近衛兵様が『聖光譚』に登場しないことも選んだ要因として大きい。存在自体はしているだろうしかなり近しい間柄ではあるけれど、王族の方々と直接的に関わるよりは心労も少ない。同じく返礼を、と仰って下さった妃殿下は『聖光譚』にかなり影が薄いとはいえ登場はするし、何より王族の方なので可能な限り距離を置かせていただきたいところだ。


「ブランズ家ではなく、私個人が、でしょうか?」

「はい、是非に」


 貴族として礼をしないというのも結構な問題だろうけれど、近衛兵様に後見人となっていただけるならブランズ家からの、加えて妃殿下からの御礼も、元よりいただこうとは思っていないものでもあるし、辞退しても問題ない程度にすら思える。寧ろ辞退して繋がりは最小限に抑えたい、というのが本音だ。


 今の発言で私の目論見を察したらしい近衛兵様は少し考えた後に口を開いた。


「少なくとも私の妻、姉上、ブランズ家には相談させてから決めさせていただきたく」

「…………その結果に従うことが出来ない場合があることだけ、御承知置き下さるなら」


 こう言っておけば私にとって望まない結果は避けられるだろう、と思いたい。

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