第50話 演出

 誓約書の更新は私が叙爵する、即ち名前が変わる前に行い、姓名変更と魔王の掌握の後に古い誓約書を破棄することになった。陛下と私には新しい誓約書のみが残り、魔王は誓約対象が変わる。そしてこれ等は、国同士の停戦とその後の不可侵の条約が結ばれる前に、叙爵は公的に、魔王の掌握は秘密裏に行われなければならない。魔王の掌握に私の姓名が必要か否か分からないけれど、必要になると二度手間になるので叙爵と改名が先になるだろう。


 そして少なくとももう一度、魔王の掌握の為に私が極秘会議に参加させられることが決定した。既に気が重い。


「姉、……妃殿下が喜びそうですね。自他の別なく飾り付けるのが大好きですから」

「侍女の方の心労をお考え下さい、伯爵令嬢如きに妃殿下付きのお方の手を煩わさせるなど」

「彼女は妃殿下の元学友で趣味を同じくする、例えば本日にお越しになる極秘の賓客の着付け役に喜び勇んで挙手するような者ですので、そこはお気になさらず」

「……………………極秘会議を極力開かないことを、強くお願い申し上げます」


 気を逸らす為の動揺も疑問も既にない、我が家の使用人以外の誰かに着付けられるのは心底から拒否したいのだけれど通りそうもない。着ているドレスを思い出して更に気が重くなった、物理的にも重いのだけれど。


「後にせよ、先に本題を片付ける」


 本題、即ち停戦と今後の不可侵については既に片付いているし、それに関連する誓約更新の話も纏まった。残る問題は、私を交渉人役にして魔王と話し合う演出についてだろう。


「何処まで決まっていらっしゃるのか、お聞きしても良いでしょうか?」


 まさか場を設ける段階から決まっていない、ということはない筈だ。


「お前が光の聖女ではないと宣言した会議にいた者が参加し、場所はお前がエティの魔導秘法館への転移に使ったという湖の畔、ということだけは決まっている」

「日時は」

「主たる参加者の官職は怖気づいて集まらない、護衛職はこの機会に討ち取ってしまおうというのを宥めている、という状況で全く調整が進んでおらぬ。まぁ、昼になるだろうな」


 確かに普段は全く前線に出ない官職の方々が魔王と直面することに恐怖を覚えることは充分に理解が出来るし、戦闘職の方々はこの後の安寧の為に元凶を叩こうとするのも分かる。そして暗闇魔法を使うことが予想される魔人種が不利になるよう、昼間に交渉の場を設けようとするのも分かるのだけれど。


「数でも場でも自分達に有利に運ぼうとする普人種の臆病さは鬱陶しいな」


 万が一、交渉と見せかけて魔王を攻撃するとなると誓約で攻撃を禁じられている魔王は苦戦するだろう、良くて敗走、最悪の場合は討ち取られる。そうなると魔王の配下は捜索を続け、普人種の生活圏への侵入は止まず、魔王が攻撃されたと知れば報復行動に出ることは想像に難くない。攻撃は悪手だ。

 そのことを考えると、やはり不可侵条約を結ぶ前に魔王の誓約を改めないと拙い。


「秘密裏に討ち取ったことにして交渉の場を設けない、というのはどうでしょう?」

「討伐の内容を聞かれたら面倒だ。いつ、誰が、何処で、どうやって討ち取ったという詳細と、証拠も用意しなければならなくなる」

「3ヵ月程前の夜中に、巫女殿が、平野へ向かう街道で、流水系統の魔法と陰影魔法を駆使して討ち取った、証拠はないが模擬戦でもすれば納得するだろう」

「事実ですが、日時の整合性が取れないので不採用です。また、恐らく怪我人が出るので模擬戦はなしで」

「……実力は確認しておきたいところではあるな」

「宮廷占術師長は吾輩と巫女殿のどちらと模擬戦希望なのだ?」

「可能でしたら、両者共と」


 近衛兵様と宮廷魔法導士様、魔王が私からすれば荒唐無稽な話し合いをしている。証人ありきで私が魔王を討伐したとして、それは魔人種第6領がイェンメルフォード王国の属国になることに他ならない。それは魔王の望みとは異なるだろうし、私が所有するのは魔王個人であって魔人種第6領ではないけれど、その魔王が治めている地を王国の所有とされるのも納得がいかない。国有としたいなら国から相応の人材を雇って派遣すべきだ。

 私も国民であり、王命で魔王との交渉役をすることになっているけれど、交渉までだ。そこからは個人同士での取引であり、国に踏み込まれる道理はない。


 模擬戦については触れないでおく、私に利益がないので。


「証人の前で互いに誓約書に署名する、以外はないでしょう。誰が証人になるのかは分かりかねますけれど」

「互いの言葉で書かれるものになりますから、通訳が要りますね」

「魔人種の言葉が分かる者など──、いや、ローダネル伯爵令嬢は分かるのだったな」

「証人の元で私が虚偽の通訳をしないという内容で誓約し、停戦と不可侵の誓約書に陛下と第6領領主様に署名していただく、という手順で宜しいでしょうか?」

「その証人は、恐らくフォウト巫爵になるのだが」


 内部取引というものは実行本番こそが茶番になるらしい、ということが身に染みて分かる会議だった。

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