第46話 魔人種

 盗聴防止の魔法道具を一時的に解除し、部屋を開け放って先程の侍女を呼び、侍女が香茶を補填し部屋を出た後に近衛兵様が再び盗聴防止の魔法道具を起動する。空気を入れ替えたとはいえ時期が冬なので、先程よりは温かいけれどまだ冷える。そう思っていたら近衛兵様が何かしらの魔法道具に魔法素を流し込んで室温を上げた。先程に上手くいかなかったのは、私の魔法素の干渉を受けた氷が室温の上昇を妨害したことが原因らしい。室内の空気を入れ替えたことで氷が少なくなり、魔法道具が正常に起動したようだ。


「普人種の身は不便だな、あの程度で寒いと感じる。早く元の姿に戻りたいものだ」

「我としては、この場だけでも元の姿に戻って欲しい。ダニエルの姿でいられると落ち着かぬ」

「それが出来たらとっくに戻っている」


 魔王の正体はヤギを体毛の代わりに黒い鱗で覆い、蝙蝠の飛膜のような翼を生やした二足歩行の生物、もう少し短い表現をすれば前世でいう西洋の竜を無理矢理に人に近づけたような姿けれど、その形を維持する為には魔法素が必要になる。


 人という生物は普人種の型を基準にしているといっても過言ではない、と私は思う。遥か昔に普人種に他生物の特徴を混ぜ、毛人種、鱗人種、森人種、鉱人種、魔人種に分かれたのではないか、とも考えている。魔人種は現生生物の要素が強い普人種、毛人種、鱗人種に比べて魔法生物に近い森人種や鉱人種と比較しても魔法生物の要素が殊更に強く、例えば魔王なら四肢の他に翼まで生えている。このような人身からの乖離を支える為に魔法素が必要なのだ。人身から乖離した姿しか持たない魔人種の魔法素が欠乏した場合、その魔人種は身体を保つことが出来なくなり、崩壊する。


 魔王は第二王子殿下の姿を得ることで崩壊を防いでいる状態だ、戻れる筈がない。


 とはいえ、何の措置もなく魔王の魔法素を回復することは出来ない。掌を返して暴れられても困る。


「後はこの姿で帰還しても早々に死ぬ。あの場所はただの普人種が生きるには適さん」

「どのような場所なのですか?」


 宮廷魔法導士様が興味を示して魔王へ問う。第二王子殿下として対応しているのか、それとも国外の領主として接しているのか、言葉が丁寧だ。


「日中は砂漠より暑く、夜間は雪原より寒く、息がし辛い。更に狂暴な魔法生物が昼夜を問わず徘徊している。普人種の生活圏に比べたら荒天の危険地帯だと言う他ないが、魔法素の供給には事欠かない。そんな場所だ」


 魔王は目を伏せ、懐かしむようにそう答えた。


 魔人種の生活圏、あるいはその第6領は月面なのか、と思ってしまう。呼吸がし辛い理由については空気の濃度なのか、有害物質によるものなのかは分からないけれど、魔人種とはいえ人が生活しているのだから空気がない、とまではいかないだろうし、有害物質だったとしても即死するようなものではないだろうと思うけれど、呼吸の制限というかなりの負荷がかかる上に危険生物が跋扈している。


 そんな場所に自分についてきた唯一の配下が取り残されている。だから魔王は帰還の為に魔法素の回復を求め、帰還後も生き残る為に自領の開発を申し入れ、手数を増やす為に陰影魔法の習得を望み、それ等を叶える為に私に身売りまでしようとしているのだ。


「……つまり、ここで魔人種第6領を開発しなければ、今後も已む無く他人種へ侵攻する可能性があるのだな」

「さすがに他の要望を叶えて貰えるなら、この国を襲うことは避ける。何ならこの国の敵を優先的に襲うが」

「それは止めろと先にも言っただろう」


 私欲がない、とも言える。そんな魔王の内情を知ってしまった以上、ここで魔王を見捨てるのは後味が悪いし、普人種の安寧に繋がるなら陛下はこの要求を断らない。そして魔王の要求を叶える為に巫爵となる私には、それを遂行する義務が生じる。


 私は茶杯に口をつけ、一息吐いた。


「第6領領主様、停戦と今後の不可侵を約束して下さい。そちらにも不要な手間が省けるという利益があります」

「吾輩の要望はどうなる? 少なくとも、魔法素の回復は絶対条件だ」

「国同士ではの話です。他は個人同士での取引で事足ります、元より私個人への要求でしょう」


 部屋にいる重役の方々の視線が突き刺さる。陛下が魔王の要求を呑む、そしてそれを実行し得る者が私以外にいないのなら、私と魔王との個人同士の話にしてしまった方が余人の介入を防げる。


「魔法素の回復、魔人種第6領への帰還、第6領の開発支援、陰影魔法の教授、これ等の要求を私独りで叶える代償に、昨日の申し出の通り、第6領領主様の人権を私個人が頂戴致します」

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