第45話 第二王子のこと

 そもそも魔王がイェンメルフォード王国にいる理由は『聖光譚』の情報でも明記されてはいない、けれど。


「私の推測が正しいのであれば、第6領領主様が此処、イェンメルフォード王国にいる理由は、第二王子殿下が召喚なされたから、です」


 状況と情報とを組み合わせて推測すると、私にはそうとしか考えられない。


「兵が野盗の集団により全滅、御自身も死期を悟った第二王子殿下が妃殿下だけでも守ろうと第6領領主様を召喚、野盗の殲滅と妃殿下の護衛を依頼し、対価としてその御姿を差し出したと考えられます」


 この事件が今から約9カ月程前のこと。妃殿下の里帰りに同行していた少数精鋭の護衛が潜んでいた野盗の集団により死亡。少数とはいえ精鋭の兵が全滅、となると野盗の集団に結構な魔法の使い手がいたか、厄介な魔法道具を所持していたと思われる。第二王子殿下が母である妃殿下を守ろうと応戦するも、未成年であるが故に身体は成長段階で本格的な戦闘訓練には参加しておらず、鑑定の式典を済ませていない故にご自身の使える魔法の素養も知れない第二王子殿下が兵を全滅させた野盗に単身で敵う筈もなく、死期を悟った第二王子殿下は魔王を召喚し、自らの代わりを任せてこの世を去った。魔王は対価として得た第二王子殿下の姿を利用し王宮内へ侵入、有益な情報を得ようと潜伏している。


「第6領領主様を探す方は何処を探せば良いのか分からず、魔法生物を使役し、その数を以て第6領領主様を探しているのでしょう」


 魔王の言葉から更なる推測をするならば、領主と連絡を取ることが出来なくなった魔王のいうたった一人の配下は行方知れずの魔王を捜索する手段として、自身の使役する魔法生物を各所に差し向けていると考えられる。ただ気になるのは、相当数が討たれているだろうとはいえ、多数の魔法生物を使役するには相当な量の魔法素が必要になる筈だ。それをどうやって得ているのだろう、回復か、補填か、または別の方法か。今は情報がない。


「待て、召喚魔法は、使い手と同じか類似の魔法素を持つ対象しか喚べない筈だ」

「無礼を承知で申し上げます。状況から第二王子殿下は暗闇魔法の素養があったとしか考えられません」

「!!」


 陛下がギリ、と音を立てて歯噛みする。しかし、そうでないと理屈に合わない。


 最悪の場合、第二王子殿下は自分の魔法素が炎熱に縁がないばかりか、暗闇魔法の素養があると薄々と勘付いていて、自らの死期を近づけ、しかし母を巻き込むのは不本意なので魔王を召喚し、自分の身代わりをさせて逃がした、とも考えられる。悪い方向に極端だ、と言われるかも知れないけれど、『聖光譚』ならやりかねない、というのが最近の私の持論だ、あの物語に救いを求める方が間違っている。


「……事実を見ていたような推察だな」

「では、貴様がダニエルを殺したのではなく」

「貴国の第二王子殿下を殺したのは間違いなく野盗、普人種だ」


 魔王が第二王子殿下殺害の犯人だと思っていただろう陛下は長く息を吐き、魔王へ向き直り、頭を下げた。


「──我が息子の願いを聞き届け、我が妻を守ってくれたことに礼を言う」

「貴様からの礼は不要だ、既に故人から支払われている。まぁ、吾が要求を呑んでくれるというのであれば」

「さすがにそれは承諾しかねる」


 頭を上げた陛下が間髪を入れずにそう返す。それに対して魔王はまたニヤリ、と口の端を上げた。


「良いのか? 吾輩が帰還せねば吾が配下が延々と普人種を攻撃し続けるぞ?」

「情報を持ったまま帰還されても後々の問題になり得る、何の制限もなく帰す訳にもいかぬ」

「巫女殿に吾輩の手綱を握らせておけ、一応はこの国の所属なのだろう?」

「その巫女の手綱を取れる者がいない。最悪の場合、此処にいる全員を処断して独立するだろう」


 酷い言われ様だけれど、確かに最悪の場合はそうする心算だから言い返せない。黙って香茶に口をつけた。


「なら言っておこう、巫女殿は非力であらせられる。魔法を使う前に抑え込めばどうとでもなるぞ」

「……御自身を売り込んでおいて、掌返しが早過ぎるのでは?」


 魔王から陛下への進言で、私は室内に魔法素を散らし、接触した水蒸気の状態を氷へ変えた。途端に微細な氷が宙を舞い、室内が冷え、香茶から立ち昇る湯気が濃くなり、窓や陶器に結露が現れる。気温や体温等の低下は身体機能を下げる、このまま室温を下げ続ければ気絶もあり得るだろう。咄嗟のことで防壁を展開していないから私も自滅することになるけれど。


「第6領領主、止めろ。分かっただろう、この者は力が及ばなくとも未知の技術で我々を圧倒する。敵に回して良いことなどない。身売りする心算なら機嫌を損ねないことを強く勧める」


 そして水蒸気という存在を知らない御三方と魔王は、私がどうやって氷を出現させたかが分からない。その氷が原因で下がった室温を近衛兵様が戻そうとしているけれど、巧くいかないようだ。


「昨日、既に損ねて殺されかけたところだ」

「まさか。私個人の都合で処断など致しません」

「電撃を放つ魚のいる水中に引き摺り込まれそうになったのだが」

「私の門番が加減を知らないとでも?」


 とはいえ私も、温度を下げることは容易くても上げることは容易ではないので、この場でこの脅迫の仕方は失敗だった。咄嗟のことで室内の凡その水蒸気を氷に変えてしまったのが拙かった、威圧には良かったけれど、寒い。


「茶の追加を持って来させよう、ついでに空気の入れ替えてから仕切り直しだ。異論はないな?」

「……大変に申し訳ないことを致しました。また、お気遣いに感謝を申し上げます」


 私の所為ではないと思いたいけれど私が原因には違いなく、巻き込まなくても良い御三方を巻き込んだのは事実なので、私は謝罪と感謝を述べて頭を下げた。

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