第44話 会議開始

 侍女に付き添われ、先程の応接室まで戻る。侍女が扉を開けた先には陛下と近衛兵様、宮廷魔法導士様、までは分かるけれど何故か魔王までいて、全員が低い卓を囲んで座っている。私が部屋に入り一礼して、侍女が扉を閉めて立ち去ったるや否や、近衛兵様が盗聴防止の魔法道具を起動なさった。まぁそうなるだろう、とは思うけれど。


「まずは面を上げよ、直問直答を許す。座れ」

「ありがとうございます。早速ではございますが何故、魔人種第6領の領主様が此方に?」


 陛下は余人がいない状況になると途端に長い溜息をお吐きになった。あからさまに不本意な様子だ。用意された椅子の最も下座になる場所へ座った後、私は開口一番にそう尋ねた。


「此奴との停戦協定の打ち合わせだから、だ」


 じろり、と陛下が睨む先では魔王が侍女が去ったとみて態度を崩している。肘掛に肘をついて脚を組む、という非常に不遜な態度だ。


「必要だろう?」


 外見が第二王子殿下なので近衛兵様と宮廷魔法導士様が少し戸惑っているのを他所に、魔王はニヤニヤと笑っている。部屋の様子を浚った後に、私は卓上に置かれた茶器を手に取った。


「昨日の今日で極秘会議になるとは思いませんでしたよ」


 既に用意されていた香茶はまだ熱いままだ。恐らく炎熱魔法に類する魔法道具なのだろう、中身の香茶の温度を保ちつつ取っ手や外側に熱を通さない、こういった部外者厳禁の場には重宝するに違いない。私が一口だけ味わい茶杯を受け皿に置いたところで、極秘会議が始まった。


「イェンメルフォード王国国王として、我からは停戦、そしてその後の不可侵を望む」

「吾輩としては停戦と不可侵に応じることに異はない。吾輩の望みは、魔法素の回復、魔人種第6領への帰還、吾が領の開発支援、陰影魔法とやらの教授だ。そこにいる魔女と対戦が出来ればこれ以上はない」


 『聖光譚』では魔王の望みは自領への帰還のみ、そして『光の聖人/聖女』率いる一行との戦闘で敗北し、魔法素が尽きたことで先送りになっている。それがこれだけ増えたのは、闇にも親和性のある陰性の魔法素を大量に保持し、貴族であるから領地経営の技術的知識があり、魔王は出所を知らないと筈だけれど可能性の情報を持ち、暗闇魔法と類似する上に使い勝手が良さそうな陰影魔法を編み出した私が現れたからだろう。なるほど、私以上に適任はいない、けれど。


「陰影魔法の指導と対戦をこの場で叶えましょうか?」


 魔女、と呼ばれてつい口調が厳しくなり、怒りに任せて影の先端を鏃のように尖らせて魔王の首に突きつける。

 現時点での私と魔王なら、油断さえなければ私が勝つ。私に実戦経験が乏しかろうと、魔王の魔法素が明らかに回復していない。『聖光譚』ではどうにか回復した今から約1年半から2年後にラスボスとしての魔王が『光の聖人/聖女』と対峙する予定だったのだけれど、現実では秋の私との一戦で魔法素が尽き、この普人種の暮らす土地では魔人種が必要とする程の魔法素の回復は見込めず、魔王は明らかに弱体化している。だからこそ私に魔法素の回復を望むのだろうけれど、魔女と呼ばれては叶えようという気が失せる。私にとって魔女という呼称は火炙りとなる運命の象徴だ、誰であろうとそう呼ぶのであれば敵と見做す。


「おお怖い。では巫女殿、と言い換えよう」


 完全な敵地でよく薄ら笑いを浮かべていられるものだ、そこは感心する。私は一度、影を元の形に収めた。


「言い換えようが換えまいが、その許可は出来ん。魔人種の発展に貢献し、勢力を拡大しようなどと」

「その為の停戦と不可侵ではないのか? 何ならこの国につくことも吝かではない」

「近隣諸国へどう説明しろと言うのだ」

「普人種の都合だろう、それに関しては知らん。ああ、喚く雑魚共を滅ぼす為の加勢ならいくらでもしよう」

「我が国は守備が鉄則だ!! 侵攻など野蛮極まりない!!」

「民を失いたくないだけだろう、お優しい国主殿?」

「民を失いたくないというならば当然のことだ!! 貴様にも民はいるだろう!?」


 陛下と魔王が筆頭同士で言い合いを始めてしまった、魔王が煽って陛下が抑えきれていないのが実態だけれど。何にしろこの喧騒が治まってから呼んで欲しかった、そうしていただければ今日一日は実家に留れただろうに、と私は香茶の入った茶器に手を伸ばす。


「──いない」


 しかしその言葉に、茶器に伸ばしかけた手を止めて魔王を見た。近衛兵様と宮廷魔法導士様のお二方も、驚いた様子で魔王を見ている。


「……何?」

「吾輩に付いてきた酔狂な者は一人、民という程の頭数はいない」

「一人、たった一人で、普人種の生活圏への攻撃を……?」

「使った手段が結果的に攻撃になっただけで、やっていることは吾輩の捜索だ。……まぁ、吾輩はこの国から盗める情報は盗む心算であった、侵攻と言われても否定はしない」


 ここで魔王は言葉を切り、にやり、と笑いながら私を見た。


「さて、 巫女殿は何処まで知っている?」

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