第41話 抵抗

 マリアテレサ・エヴァンス・イェンメルフォーダ、朱色の長髪と碧眼を持つこの国の国母であり、出身はブランズ公爵家、つまり近衛兵様の実姉である。近衛兵様からの公務に差し障らない程度の私的なお言葉が陛下と妃殿下へ通り易いのはこういった事情があるからだろう、おかげで私は陛下と近衛兵様から謝礼をいただけることになり、エティの魔導秘法館を所有出来たのだけれど。……ああ、そういえば近衛兵様からの謝礼を決めなければ。


 案内された部屋には既に赤いドレスを着た妃殿下がおり、ずらり、とかなりの数が並べられたドレスを選別していた。私は妃殿下が振り返る前に頭を下げ、そのまま待つ。


「お連れ致しました」

「まあ! 貴女が件の魔法の使い手なのね。さぁさぁ、顔を上げて此方へ来て。どんなドレスが好みかしら」


 侍女が妃殿下に報告し、妃殿下は対面の許可と同時に入室まで許可し、私の手を引こうと右手を伸ばしてきたけれど、私は右手を胸の前で押さえて身を竦ませてしまった。


「た、大変な失礼を致しました……」


 本当に他人との接触に抵抗感しかないのだ。小さい頃からずっと勤めてくれている使用人にしか身の回りの世話は任せていないし、教養の為に舞踏の家庭教師もいるけれど私があまりにも嫌がるから途中からずっと実技は父母が代わりに勤めているくらいには。社交の為の時間が設けられ舞踏の授業がある学園に通いたくない最たる理由であり、独立するに当たっての目下最大の難点だ。


 しかしそれはそれとして間違いなく王族の方に取ってい良い態度ではないので、不敬罪を覚悟して頭を下げた。


「……マックスから、貴女が運ばれるのを拒否して馬車もないのに平野手前からずっと自分で歩いていた、と聞いたのだけれど」

「事実で御座います」

「殿方から、だけではなく?」

「可能であれば女性からもご遠慮願いたく……」


 頭を下げたまま視線を床に彷徨わせる。だから嫌だったのだ、身繕いしないままの登城なんて。


「……ごめんなさいね、急に触ろうとして」


 私の個人的な事情にも拘わらず、妃殿下が苦笑して詫びてくる。思わず顔を上げてしまった。


「でも、こういうことはこれからも度々あるかもしれないから、慣れてくれると嬉しいわ」


 顔を上げたことを後悔した。拒絶の色が絶対に浮かんでいる顔を妃殿下へ晒してしまったなんて、先程のことを赦されたとしても不敬罪になる。


 でも嫌だ、極秘の登城要請も、我が家の使用人以外からの世話も。甘んじて受刑するから不敬罪で国外追放して欲しい、と一瞬でも思ってしまうくらいには。この程度の不敬では国外追放にはならないかもしれないけれど。


「そうね、貴女専属の使用人1人を雇って慣れて貰うのが一番早いかしら? ローダネル伯爵家から引き抜くのも一つの手段ではあるけれど」

「いえ、あの、そこまでしていただくわけには」


 要望が叶うなら極秘の登城の方を控えて欲しい、そして実家からの引き抜きは止めて欲しい。


「いいえ、駄目よ」


 だというのに、私の遠回しの断りを妃殿下は強い口調で拒否した。


「ダニエルを守って矢面に立ってくれる貴女に、御礼をしない訳にはいかないでしょう?」


 ……妃殿下からしたらそうなるかもしれない、という客観性を私は失念していたらしい。

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