第39話 祝辞と送還
先程までの推測を振り払い、私は魔王へ向き直る。
「他者を送る方法は、これから調べて来ます」
「〈分かった〉」
「ただ送る条件として、エティの魔導秘法館への来方を他言しないものとさせていただきます」
「〈魔人種は知ろうと思えば知れるぞ? 情報を重視する領がある〉」
「既に他人種の誰かに話しているのですか?」
「〈それはない。言って来れる場所でもないからな、説明の無駄だ〉」
エティの魔導秘法館への来方について、少なくとも魔人種以外に知れる手段が今のところはない、と私は考えている。そして魔人種は他人種との交流がない。ならば魔王が秘匿すれば当面はこれ以上の拡散はないだろう。
「では今後も他言しないよう、お願いします」
「〈それで良いなら、了承しよう〉」
私は一礼してから、魔法館地上1階へ転移、そこから地上5階へ再転移した。
書庫の扉を開け、入り口付近にある検索用の魔法装置で他者の送還に関する情報が記載されている書物を探す。可能ならある程度は遠隔で作動するものが良い、と思ったのだけれど、残念ながらそれはないようだ。そして最も簡単な手段はエティの魔導秘法館の主人が移動させたい対象と共に転移陣を使うことらしいのだけれど、鑑定結果から家族を逃がす必要がなくなった今、私はどうしても誰かを、特に本館には入れたくないのでそれは最終手段として別の情報を検索する。
3冊目で見つかった。内容を読み、【魔導秘法館の主人】の称号下の技能で記憶して地上1階へ転移して、
「…………」
少し迷う。
私は他人との接触に抵抗がある。魔王と戦った夜に近衛兵様に運ばれるのを拒否したのもそれが理由だ。しかし知り得た方法では少しでも直接的に接触していなければ発動しない。もう一度、書庫へ戻って調べようかとも考えたけれど、他に方法がない場合は魔王をあの場所に長々と待たせておくことになる。勝手に来たのだから待たせておけば良い、と開き直れれば楽なのかもしれないけれど、所有する領域にいつまでも敵が居座っているともとれるこの状態を、私は長引かせておきたくない。
覚悟を決めて、私は魔王のいる外壁の境、城門へと転移した。
「お待たせしました」
「〈もう見つかったのか、早いな〉」
城門から外壁の外、地平まで青紫で染められた景色を眺めていた魔王は、私の声に此方を振り返る。
「〈もう少しだけ此処に留まりたかったのだが〉」
「お帰り下さい」
「〈まぁ待て、最後に一つだけ答えを聞かせろ〉」
私が魔王を送り返そうと右手を伸ばすと、魔王はそれを制した。
「〈貴様は、この場所に何を願ったのだ?〉」
「…………」
「〈誓う、だったか?〉」
言って不都合になるか否かを考える。私の目的は既に陛下と近衛兵様、宮廷魔法導士様に知られているし、誰かと競合するとも思えない。そして私個人に対して交渉しようとしている魔王にとっても、私はもう消したい相手ではない、と考えられる。
「──生き残ること、です」
「!」
ならば言っても良い、と思えた。交渉材料の改良も少しだけ期待して。
「誰かに殺されることなく、私は生きていたいから、そう誓いました」
「〈……なるほど、な〉」
くくっ、と魔王が短く咽喉を鳴らす。何が面白いのか、と怪訝な視線を投げれば、魔王は晴れ晴れとした笑顔を向けてきた。
「貴様はやはり、吾輩の要求を呑んだ方が良い」
敢えての普人種の言葉に私の眉が寄る。
「先程にも言ったが吾輩は良い戦力となる、加えて」
魔王が言葉を切り、再びにやり、とあくどい笑い方をする。
「〈遠い遠い未来の貴様はどの道、吾が手を取る〉」
今度は魔人種の言葉だった。
「何を、言っているのですか?」
「〈理由はその時に分かる。貴様が生きるなら知る、死ぬなら知らないことだ〉」
説明をする心算はないらしい。説明の無駄、という発言が先程にもあったから魔王は恐らく、無駄と思ったことは切り捨てる性分なのだろう。
「〈同じ選択をするなら早い方が良いぞ〉」
魔王は楽しそうに笑っている。
「そう言うなら、情報を開示した方が早くことは進みますよ」
生き残れば知れるとも言っているし、そうは言いつつも私は魔王からの説明を諦めた。
「〈そう言ってくれるな、そうはならないかもしれないのだからな。──ああ、そうだ、言い忘れていた〉」
魔王は胸に手を当て、少しだけ腰を折り、第二王子殿下の身長が私より低いから上目遣いに私を見る。
「誕生日と叙爵、おめでとうございます、レナ・ウィル・ローダネラ元伯爵令嬢。心よりお祝い申し上げます」
叙爵する私はあの家を出る、即ち、私がローダネルという呼称を使われることはもうすぐなくなる。そんな少しの寂しさを覚える名前を魔王が記憶していて、尚且つ口にするとは思いもせず、そして魔王自身が仕向けた叙爵はともかく、誕生日を祝う言葉を貰うとは思わなかったので動揺してしまう。何か裏があるのだろうか、と勘繰ってしまうけれど、今の時点で魔王が私に世辞を使う理由はない。
「……お言葉に御礼申し上げます、けれど、叙爵は其方が原因ですよ」
なので礼を、これくらいは許されるだろう少し嫌味を含んだ言葉と共に返す。
「〈どうせ吾輩がいなくても理由をつけて引き抜かれていただろうよ。誰もが有能な人材を欲しがるものだ〉」
「其方の行いさえなければ、私は除爵から逃げ切ってみせましたよ」
本当に、魔王が国民を人質に取って脅してきさえしなければ、私は絶対に叙爵を辞退したのに。第二王子殿下に成りすましているだけのことはある、もしくは、筆頭とは一様にこういう考え方をする、ということだろうか。
「〈ならば尚のこと、強硬手段に出た甲斐があったというものだな〉」
魔王はまた楽しそうに笑って姿勢を正し、私に右手を差し出してきた。
「〈色好い返事を期待する〉」
逡巡した後、私は右手で魔王の手に触れる。互いに手袋越しだけれど、問題はないと信じたい。
「期待しないことをお勧めします」
言いながら、鍵陣を起動した。
「《強制送還》」
接触した対象をエティの魔導秘法館の敷地内へ来る直前の場所へ送り返す手段だ、エティの魔導秘法館の主人が鍵陣と特殊言語とを用いることで発動する。音もなく魔王が目の前から消え、私だけが残った。
魔王がエティの魔導秘法館へ来るなら暗闇に身を置くことになる。窓のない密室で明かりを消せば比較的簡単に作り出せる環境でもあるので、直前にいた場所は恐らく王宮の何処かの室内だろう。そうでないなら後はもう自力でどうにかして貰うしかない、送り返した先が私の知っている場所である可能性は低いので。
溜息を吐いてエティの魔導秘法館城門から地上1階、そして町屋敷の自室へ転移する。転移陣ではどうしても地上1階を経由しなければならず、僅かだけれど手順と時間が嵩むので省略する方法を考えたいところだけれど。
──今日はもう何も考えたくない
少し早いけれど眠ってしまおう、と私は就寝の為に使用人を呼び出した。
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