第38話 『物語』の末路

 魔王がこの場所を心地良く思うのは、闇にも親和性のある陰性の魔法素で満ちているからだろう。魔人種は身体への魔法素の影響が甚大らしく、他の人種より魔法生物にかなり近い。


「〈面倒事が起こる前に王宮へ転移させて欲しい〉」


 それでもいつまでも此処に留まるのは状況が許さない、魔王は名残惜し気に私へ向き直って言う。


「ご自分でお帰りになれば宜しいのでは」

「〈それが出来ないから頼んでいる〉」

「? 自力で此処へ来たのですよね?」

「〈魔人種であれば、来方は知ろうと思えば手段はある〉」


 違和感がある、何がそうなのか分からずに続く言葉を待っていると、


「〈帰り方は知らん、伝えられていない〉」


背筋に悪寒が走った。


 飽くまで仮定の話だけれど。


 『聖光譚』でも魔王が来方を知っていて帰り方を知らない場合、主人公達は帰り方を知らないまま『魔女の魔法館』へ来ることになる。帰り方は討伐後に調べれば良いと考えたのかも知れない、国民の不安を払拭する為に次期国王が『復讐の魔女』の討伐を急いでいて、『魔女の魔法館』ならば帰り方を知る方法もあると推測されても何の不思議もない。しかし実際の『魔女の魔法館』は主人以外の使用を拒み、水も使えないどころか扉すら開かない。つまり主人公達の誰かが『魔女の魔法館』に主人として認識されなければならず、しかし塔の罠と『復讐の魔女』との戦いで少なからず消耗している一行の誰か1人でも『魔女の魔法館』に主人として認識され得るかと問われれば可能性はかなり低い。体力や魔法素を回復するにしても、あの何もない本館地上1階で充分な回復は見込めただろうか。何より、『復讐の魔女』を討伐した内の1人に過ぎない誰かが『魔女の魔法館』に主人として認識され得る程の魔法素を持っていただろうか。複数人数での所有が認められれば話は別だけれど、それを『魔女の魔法館』が許すかと言われると、恐らくは否だ。『魔女の魔法館』の主人となる方法は、その時点で魔法館に主人がいない状態で地上1階の石台へ魔法素を流し込んでエティの魔導秘法館へ来る為に誓った言葉を述べること、つまり複数人数では条件が合わない。誰も『魔女の魔法館』を所有が出来ず、帰り方を調べる方法はなく、遠征というにはあまりにも短期間の用意しかなかった生活はすぐに限界を迎える。そうなれば。


 やがて一行は全滅する。


 加えて討伐には次期国王も同行していた、それが帰って来ないとなれば王国の将来もどうなるか分からない。


「〈帰って来た者の情報はないからな〉」


 『復讐の魔女』の物語が解放された時、『聖光譚』という『光の聖人/聖女』の物語は本人を含む凡その登場人物の死を以て幕を下ろすことが決まる。『復讐の魔女』討伐後の物語は語られないのではなく、存在しない、したとしてもひとり、またひとりと死んで逝く様を語る絶望しかないのだ。


 何処までも酷い物語だ、真実を眩ませた幸福に浸るか、真実を暴いて滅ぶかの二者択一だなんて。


「〈おい、顔が青いぞ。どうした?〉」

「……お構いなく。要らない推測をしていただけなので」


 もう一度、深呼吸をする。


 そう、不要な仮定だ。私が【陰の巫女】及び【魔導秘法館の主人】になったことでもう本当に『復讐の魔女』は現れないし、それは【縺セ縺倥i繧後◆縺溘∪縺励>】という読むことすら出来ない称号下の技能である運命改変により裏打ちされている。私は仮定の推測を止めた。


 これからどうするか、それこそが重要だ。

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