第35話 招かざる客

 魔王との交渉は私が謁見した時のように参加者は厳選するけれど、それでも重役が複数人参加するらしい。その為に日程と場所の調整はどうしても必要で、その前にまた呼び出すだろうけれど今日は解散ということになり、私は礼をして王族の成人式典の為の部屋を辞す。いつの間に呼んだのか部屋の外に案内役の騎士が待機していて、父母の待機室、馬車の停留所、と順に送られて私達は王宮を後にした。


 家を継ぐ為に成人の式典へ出たというのに、家を出ることになってしまった。父母は私がエティの魔導秘法館の主人だということに加え、私の叙爵を含む王命に町屋敷へ帰る馬車の中でも困惑から立ち直れない様子だった。私しかいない嫡子を引く抜く為にもう1人以上作れ、もしくは私の子、父母にとっては孫に継がせろ、とは結構な暴論だ。私がエティの魔導秘法館の主人であり、一般的に普及していない知識を持っているからこそ強行された可能性も否定は出来ないけれど。


 とはいえ私の成人が父母にとって喜ぶべきことに変わりはないようだ。帰着した町屋敷の使用人達に言祝ぐ様子で出迎えられ、王命のことを一端は横に置いておくことにしたらしい父母から改めて成人祝いの言葉を貰い、使用人達は私が巫爵を叙爵する為に伯爵家を除籍されることになって驚きはしていたけれど、すぐに祝う内容を変えて滞ることなく祝辞を述べ、案内された食堂には既に晩餐には豪勢な料理が並べられ、それに舌鼓を打って父母に礼を言い、使用人を労い自室へ戻った時だった。


「!」


 【魔導秘法館の主人】の技能、魔導秘法館所有権は全設備及び全所蔵物に対する使用権であり、その状態把握を兼ねていると知る。その状態把握の機能が異常を知らせてきた。私という唯一の使用者がいない状況でのエティの魔導秘法館に起こる異常、それは即ち、侵入者の存在を示す。食後の休憩を取る間もなく、私はエティの魔導秘法館へ転移した。


 転移陣のある地上1階から設備制御室のある地上6階へ再転移して画面で状況を確認する。本館に侵入された様子はなく、塔を映す画面も暗いままだ。しかし屋外を映す画面に侵入者と対峙する侵入者と門番が映り込んでいたので、私は再び地上1階へ、そこから更に吊橋の本館側へ転移した。


 私の所有となったエティの魔導秘法館は、私が水を使って此処へ来たからだろう、水で満たされている。外敵の侵入を拒絶するように底の見えない桁橋の外側から外壁までが完全に水没し、桁橋から内側だけが穹窿形の天井を持つ円筒形の空間の中にある。魔法により物理法則を無視し、壁もないのに重力に逆らって水も空気もその形で留まり澱むことはなく、吊橋も水の中に沈んでいるのか浮いているのか分からないような状態であっても錆びつくことはない。


 私の魔法素がそうしたのだけれど、見ているだけなら幻想的と言えるのではないだろうか。


 その澄んだ水の中を赤銅色の2本角と青紫色の鱗を持つヒレナガコイかトウギョのように鰭の長い、私より大きな魚が泳いでいて、その魚は吊橋の向こう側にいる侵入者を睨めつけていた。



ディケラ・キピア・ベティ

 エティの魔導秘法館 第7代目門番。

 エティの魔導秘法館の主人の魔法素により存在する魔法準生物。

 主人が存命、且つ魔法素の供給がある限り存在し続ける。

 魔法素の供給が断たれた場合は消滅するが、主人が存命で魔法素の供給が再開されれば復活する。



 あれが私の門番だ、私の魔法素に準ずる生物なので魔法は陰性に属する全てを使う。

 私の断りなくエティの魔導秘法館へ立ち入ろうとする侵入者は水中へ入った途端に金鉱魔法の一種となっている雷撃を喰らい、大半が行動不能に陥ることだろう、この水は淡水だけれど純水ではないので。余談だけれど雷撃を使っても門番本体は魔法による防護を同時に展開しているので行動不能にはならない。


 今回の侵入者は私が流水魔法の使い手であると思っていて、それ故に門番との水中で戦うことを避けたようだ。確かに侵入者の前で私は流水魔法と陰影魔法しか使ったことがないし、この場所は水で満たされていて門番も魚型だけれど、それにしても慎重なことである。


 此処へ来られる程の強大な魔法素を持つのだから、私を斃してエティの魔導秘法館を奪い取る、くらいは考えそうなものだけれど。


「〈何か御用ですか?〉」


 私は相手の使う言葉で話しかけた。水に隔てられて尚、言葉は相手へ届く。


「〈主たる話し合いの前に粗方の決着をつけておくのが普人種の流儀なのだろう? それに準じたまでだ〉」


 第二王子殿下の姿をした魔王が、吊橋の向こうに佇んでいた。

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