第36話 要求

 『聖光譚』で『魔女の魔法館』へ行くには魔王からの情報提供が不可欠になる、登場人物の中で行き方を知っているのは魔王だけだからだ。主人公がラスボス戦前に魔王を懐柔し、『復讐の魔女』の物語が解放され、『復讐の魔女』が国王陛下と実父を殺害し、『復讐の魔女』の情報を集めた結果として潜伏先が『魔女の魔法館』だということが判明し、魔王から情報を聞き出して一行は『魔女の魔法館』へと討伐に向かうのだ。


 そして討伐後、物語はその後を語られることなく幕を下ろす。


 現実である今、魔王は物語の展開を外れ『光の聖人/聖女』が見つかる、即ち『聖光譚』という物語が始まる前にエティの魔導秘法館へ来ている。私がエティの魔導秘法館を所有した、とどうやって知ったのだろう。


「〈そちらへ行きたいのだが〉」


 私の疑問を他所に、間に門番を挟んだ状態での会話に違和感があるのだろう、魔王は私へそう言った。


「〈お断りします〉」


 先日に戦った際、魔王は確実に私を殺す心算で攻撃をしてきている。私は魔王の要求を棄却した。


「〈既にお前を超える魔法の使い手がいるとも思えない。仮に吾輩が攻撃したとしても、貴様ならどうとでも出来るだろう?〉」

「〈攻撃する予定があるのですね〉」

「〈もう一度、今度は吾輩も本調子で戦いたいとは思う〉」

「〈不要な争いは避けるのも、普人種の流儀ですよ〉」

「〈吾輩を示す為には打ってつけだろう〉」


 魔王の言葉に私は眉を顰める。


「〈吾が身と引き換えに、貴様に頼みたいことがある〉」

「〈お断りします〉」


 私は間髪を入れずに断った。


「〈うん? 何が気に食わない?〉」

「〈魔人種は他人種に侵攻を仕掛けている敵です。私の一存で安易に請け負うことは出来ません〉」

「〈違うな。貴様は吾輩の言葉に気に食わないところがあるが故に切り捨てただろう〉」

「…………」

「〈今後の参考にしたい、何が気に食わない?〉」

「〈今後も関わることが決定しているようなことを言うのですね〉」

「〈人の国の王が吾が要求を呑んだ、と言ったからな。貴様を交渉人にして停戦をすることになるだろう〉」

「〈停戦が決まれば、私は用済みでしょう〉」

「〈それは普人種の都合だ、吾輩には別の要件がある〉」

「…………」

「〈長い付き合いになるだろう相手の逆鱗は知っておきたい〉」


 門番の周囲の水が流れを作り始める。


「……言って、どうするというのです」


 私は苛立っている、と自覚するのに少し時間がかかった。しかし魔王の言う通りだ。

 苛立ちが私の言葉を魔人種のものから普人種のそれへと変えさせる。


「死ぬと言う方が、何を示そうと言うのです」


 我が身と引き換え、なんて生命を捨てるような、私が必死に生き残ろうとしているのにそれを軽く扱うかのような言葉がひたすらに気に障る。


「〈吾輩に死ぬ心算も予定もないが?〉」

「その身と引き換えと言ったでしょう」

「〈……ああ、貴様はそう捉えるのか。なるほど、死ぬ者が軽々しく今後を語るな、と〉」


 魔王はずれたことを勝手に納得したらしい。違うのだけれど、訂正すべきだろうか。


「〈では言い直そう〉」


 苛立ちに戸惑いが混じる私の心境を無視して、魔王は水の壁越しに私へ恭しく一礼する。


「〈吾輩の望みを叶えてくれるならば、その代償に吾輩は貴様の隷僕となろう〉」

「え?」


 言語技能が故障しているのだろうか、それとも私の聞き間違いだろうか。


「……。〈聞き間違えかもしれないので、もう一度、言っていただけますか?〉」


 苛立ちが困惑に塗り潰される。それでも残っている冷静な思考で言語技能が正常に作動しているかを試し、問題はないと判断する。魔王は頭を上げて私を見た。


「〈なんだ、此方の言葉では伝わらなかったか?〉願いの代償として吾輩が貴様に隷属する、と言ったのだ」

「…………………………<いえ、伝わっていました>」


 聞き間違いであって欲しかったのだけれど。


「……それを、陛下はお許しになったのですか?」


 もう言語技能があったとしても思考を割く余裕はない。どうせ通じると分かっているので普人種の言葉を使う。


「〈吾輩個人が貴様個人に頼んでいるのだぞ? 人の国の王の許可など要らん〉」


 魔王も高を括ったらしく、話し易い言葉を使って返してきた。


「其方がそうだとしても、私は母国を裏切らないと約束しているので、勝手な行動は控えさせていただきます」

「〈吾が身を使って国に貢献すれば良い、矛盾はない。あったとしても口約束なら破っても支障はなかろう〉」

「支障があるのですよ、国には家族がいます。私が裏切ればどうなるか分かりません」

「〈見捨てても良いだろう?〉」

「王宮で何を見てきたのですか。あの方々以上に家族愛のお手本になる存在はないでしょうに」

「〈たかが血の繋がりを気にかけるのか? 気にかけるべきはついてくる者だけだ〉」

「……守るべき対象が違うのでしょうね」

「〈普人種は血縁、魔人種は配下、という認識か?〉」

「人種ではなく個人的なものでしょう。私は家族、其方は部下、です」


 ふむ、と考え込んだ魔王に私は小さく息を吐く。価値観や認識の差異はどうにもならない、交渉の場に出る前にそれが分かっただけでも良しとしよう。


「……陛下にも伝えていますけれど本来、交渉人は私ではありません。願いはどうぞ、その人に」

「〈それは出来ない〉」


 考えていた魔王は顔を上げた。


「〈その者が現れるまで、吾輩と吾輩の帰りを待つ者にただ伏して待て、と言うのか〉」


 魔王の言葉に昼間の陛下との遣り取りを思い出す。

 人種が違えど筆頭とは似たようなことを考えるのか、と少し感心してしまった。

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