第34話 承諾

 さすがに話が始まる前に父母には退室して貰った、守秘義務で済む話ではない。


 彼奴、とは秋に一戦交えた魔王のことだ。魔王は自分を第二王子殿下として可愛がっている妃殿下へ差出人不明だと言って黒い封筒を渡したという。それだけでも問題なのに、中身の手紙にはこう書かれていた。



 あの女を吾輩の前に連れて来い     魔人種第6領 領主



 妃殿下は半狂乱でこのことを陛下に伝えに来たという。事実が魔王の自作自演だとしても、知らない人からすれば魔人種、しかもその重役という厄介極まりない不審者が王宮内へ侵入して第二王子に接触し得る状態、ということになってしまう。箝口令と厳戒態勢が敷かれたというけれど、実際は既に手遅れ状態なのでそんな対応をしても無意味だ。もっといえば不必要な厳重警戒という緊張の中に勤務中の兵を放り込んでいることになる。そして警備という形で兵を動かしているので隠し立ても出来ない。陛下としては頭が痛い状態だろう。


「彼奴は我が国民を傷つけない、という誓約はしたが、お前が出てこない限り何も話すことはない、と言って口を割らん」


 魔王が第二王子殿下に成り代わり、陛下がそれを隠しているのが現状なので下手に尋問することも出来ずに手を焼いているらしい。私の誕生日当日に王宮へ来い、と要求してきたのはこれにも原因があったようだ。


「あの者の前に立つのに、伯爵では不相応でしょうか」

「どの爵位でも相応しいとは言えん。魔人種相手となると前代未聞だからな」


 どの道、伯爵ならともかく伯爵令嬢では不相応だ。父が退役するのはまだ先のことになるだろうし、そうなると私が指名されているとはいえ、爵位すら持たない小娘が魔人種にとって普人種で言うところの一国の王に値するという領主の相手をして良い筈がない。私に爵位を与えて魔王の前へ出すのが最も手っ取り早い。

 そして私に与える爵位として、魔王との一戦や宮廷魔法導士様との勝負の結果、そして鑑定鏡に【陰の巫女】や【魔導秘法館の主人】が示されたことから、恐らく巫爵以上に相応しいものはない。


「お断り申し上げることは可能でしょうか」


 だけれども、敵陣にいつまでもいなくてはならない巫爵という地位には着きたくない。


「構わないが、実現性の高い代案を出せ」

「…………そもそも、あの者が言うあの女が私ではない可能性を考慮していただきたく存じます」

「お前、その言い分はあまりにも苦しいとは思わないのか」


 既に確認済みだと言って一蹴された。結果は分かっていたけれど、私は今まで生き残る為に使者を追い返したり謁見したり魔王と戦ったり陛下と賭けをしたり宮廷魔法導士様と戦ったりエティの魔導秘法館を所有したりしたのだから、今更に諦めたりは出来ない。


「……お前が嫌がっているのは宮仕え、否、敵陣に常駐することで間違いないな」

「……」


 不敬になるので首肯すら出来ないけれど、陛下の仰る通りだ。この年齢で叙爵すると周りが騒がしくなりそうなことも歓迎は出来ないけれど、飽くまで副次的なものであって主要なものではない。


「ならば王宮に常駐することをお前に強要することはないものとしよう」

「それは、……さすがに周囲への説明がつかないのではないでしょうか」

「もし彼奴を与することが出来れば、国の防衛がかなり楽になる。お前1人で彼奴に対応しきれるなら誰にも文句を言う筋合いはなかろう」

「……本来、それは私の役目ではありません」


 あの魔王が普人種へ侵攻をかけているのは間違いはないし、それを止めさせるのは可能ではあるけれど、それは私ではなく、『光の聖人/聖女』の役目だ。その情報があるのだから同じようにやれ、と言われたら私は拒否する。どう足掻いても出来ないし、やりたくないとも思う。私は『光の聖人/聖女』の代替品ではない。


 けれど、


「彼奴は今、お前を名指ししている」

「…………」

「そしてその『光の聖人/聖女』が現れるまで兵を、民をこの状況の中に閉じ込めるのか」

「………………」

「お前が生き残る為に手段を選ばないのと同じく、我も民の安寧の為なら手段は選ばない」

「それは存じております」


恐らくこの件で陛下は折れない。国と、家族への愛情が深いお方でいらっしゃることは、私も知っている。


 それ故に私と母は火炙りになる運命だったのだから。


 今度は私が小さく息を吐いた。


「──拝命致します」

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