2章 魔王

第33話 王命

 正直に言わせて貰えるなら、今すぐにエティの魔導秘法館へ移動して称号とそこに付随する技能についての検証がしたい。


 鑑定を除けば【陰の巫女】が『復讐の魔女』と同等、あるいは私が『復讐の魔女』より早くに魔法を練習し始めたことを考慮して上位互換の技能を持っているということは何となく分かる。

 先も言った通り【魔導秘法館の主人】については語ることも多くはないし、技能も相応のものだと思う。必要だから備わった、そういう印象だ。


 しかし『聖光譚』の攻略情報に『復讐の魔女』の称号や技能の詳細はなく、どういう魔法を使い、どういう行動を取るか、という内容しかないのでそれらについても詳細を把握する為に検証しておくに越したことはないし、最たる問題の【縺セ縺倥i繧後◆縺溘∪縺励>】に至っては調べないと何も分からない。エティの魔導秘法館なら書物が豊富に所蔵されているのだから調べものにこれ以上の場所はないだろう、……調べられるかは少々疑問ではあるけれど。


 だというのに、


「──ローダネル伯爵、貴殿の令嬢を巫爵として引き抜きたい」


陛下が捨て置けないことを仰るから、急速に血液が冷える心地がした。


「お、お待ちください。私にはレナしか子供がいないのです、そのレナを引き抜かれると仰るのですか……!?」


 爵位は領地に準ずる。例えば伯爵家に別の土地が授与され、その地が方爵位の領地であれば、その伯爵は方爵も兼任することとなり、嫡子に纏めて継がせることも出来るし、嫡子に主要な領地を、別の子に他の領地を継がせても良い。


 しかし巫爵は別だ。


 この国で巫爵という爵位を与えられるということは魔法に関して秀でたものがあり、その功績を認められることに他ならない。そして魔法の使い手は例えば炎熱魔法なら炎熱の神を、流水魔法なら流水の神を、というように同系統の神を光の神の次、副神として崇拝する傾向がある。我々普人種が炎熱の神を崇拝しているのは偏に炎熱魔法の使い手が多く、王族の方々が強力な炎熱魔法の使い手であることが理由だ。そして多くの魔法素を持つ者ほど神の恩恵を賜っているとされているので、凡その巫爵は信仰心がとても強い。それ故に巫爵が領地を持たないことになっているのは、巫爵の治める領が政治より宗教に傾かないようにする為なのだ。


 もし、私が巫爵になることを強要された場合、私は伯爵家から除籍され親族から養子を迎えるか、庶子を嫡子へ変えることとなる。何方が選択されても、父の血は入っていても母からすれば赤の他人である。折角、温かい家庭へ戻ったのに、父に母を裏切ることを強要するならば。


「……ローダネル伯爵令嬢、落ち着け。我も我が血が流れるような選択はしない」


 私の身内への精神攻撃として誓約内容に障り陛下の血が流れる、という事態にはならなかった。もう諦めた、という様子の陛下は私と母を気にしつつそれでも父へ命じた。


「ヴォイト・ウィル・ローダネル伯爵、夫人との間に少なくとももう1子を設けよ」

「はい!?」

「もしくは、レナ・ウィル・ローダネラ伯爵令嬢の子に相続させる、でも構わん」


 確かにそれならば父に母を裏切らせることなく私を引き抜くことが出来るけれども、私の弟か妹を作るにしても私の子供に継がせるにしても、少しばかり無茶ではなかろうか。確かに貴族は生活が豊かで市民よりも身体年齢が若いことも多いけれど父は今年42歳、母は38歳、……前世の情報があればどうにかならないでもない気もする。


「取り急ぎもう1子を設けることを前提として、必要な物は後で全て此方から届けさせる、足りなければその都度で請求せよ。何かあればそこにいるエティの賢者も頼れ。レナ・ウィル・ローダネラ伯爵令嬢、重要な事態として知識の開示を要求する」

「…………私への叙爵をしないことで全て不要な労力になると愚考致します」


 どうにかなるかもしれないけれど、巫爵になりたいかといえば答えは否、だ。巫爵は基本的に宮仕えなので、私は生き残る為に叙爵を避けたい。


「悪いがそれは出来ない」


 はぁ、と陛下が重苦しく息を吐いた。近衛兵様と宮廷魔法導士様の表情も硬くなる。


「彼奴がお前を引き摺り出す為に強硬手段に出た」


 私は思い切り眉を顰めてしまった。

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