第31話 成人当日

 日程が延びても全く構わなかったのに馬車は1日で王都へ着き、町屋敷で1泊した翌朝に王宮へ乗り入れた馬車を降りた瞬間に私は溜息を吐いた。


 秋に来た時は華やかな王都だったけれどさすがに真冬、しかも冬の静日ともなれば、華やかではなく厳かさが際立つ。雪を被った建物が多かったけれど、王宮内は魔法で積雪を防いでいるようだった。炎熱魔法の使い手が多くいるので、恐らくは温暖効果のある魔法を使っているのだろう。心なしか王宮の外より暖かい気もする。


 父の手を借りて馬車を降り、両親と共に案内役の騎士の先導で王宮内を歩いていて気付いた。


──『聖光譚』と違う


 『聖光譚』では行く先が貴族の式典の為の部屋だったのに、明らかにそれよりも奥まった部屋に案内されているのはどういうことだろう。私は不安になり、右手で左手の甲を押さえた。


「お連れ致しました」


 不安をやり過ごそうとしている間に、厳かな王都、その中心の王宮、其処に暮らす王族が使うような部屋の前へ案内され、両親も困惑している。


「入れ」


 近衛兵様のお声だった。案内役の騎士は重そうな扉を開き、私と両親を中へ送り込んだ後、自分は入らずに扉を閉めて去って行ったようだ。室内には近衛兵様と宮廷魔法導士とを両隣に立たせた陛下が首座に座っていらっしゃる。まさか伯爵家如きを待っているとは思わず、私も両親も慌てて礼をした。


「面を上げよ、直面直答を許す」


 相変わらず国民が礼をしているのを終わらせるのが早い。私は知っていたのでさっさと顔を上げて陛下を拝顔するけれど、両親は更に困惑して床へ視線を這わせていた。


「まず、秋の活躍は見事だった」

「勿体ないお言葉にございます」

「また先の誓約内容を考慮し、秘匿性の高いこの部屋で鑑定の式典を執り行うこととする」

「ご配慮に感謝申し上げます」

「レ、レナ、あなた、何をしたの……?」

「守秘義務が御座いますので、申し上げられません」


 母の質問を心苦しくも退ける。此処で答えたら守秘義務の誓約を破ることになり、私と私の関係者の無事が保証されなくなってしまう。


「お前の両親は、何処まで知っているのだ」


 陛下はそんな遣り取りを眺め、私へ問う。


「『光の聖人/聖女』が私ではない、ということだけです」


 その者が父の落胤である、という言葉を避けた。私は両親の関係が再び冷えるようなことを言いたくない。


「貴族の場合は通例、両親を同席させるのだが、この場を外させた方が良いか?」

「レナ、本当に、何をしたんだい?」


 ふむ、と陛下は顎を撫でて此方を慮る発言をする。私個人への随分と丁寧な対応に、両親は困惑が過ぎて挙動にまで影響が出てしまっていた。これで私が『闇の魔女』と鑑定されたら、父母はどうなるか分からない。


「……驚いて耐えられないようなら、また守秘義務として了承いただけないのであれば、お父様、お母様、ご退出を願います」

「レナ!?」


 守秘義務として背負って欲しくはないけれど、守秘義務は絶対に了承して貰わなくてはならない。逃げる時には近くにいてくれた方が都合が良いけれど、エティの魔導秘法館の探索に時間を割いてはいても魔法の練習を怠ったことはない、重役3人相手でも切り抜けてみせる。


「お前はそう言うと思ったわ」


 私が厳しい表情をしていたのだろう。陛下は息を吐いて用意させていた書面を近衛兵様へ持たせ、困惑する父母に渡した。



 国暦639年 11月 3周目 4日 レナ・ウィル・ローダネラ の成人式典で見聞したことを余人へ伝えないことを誓う



 魔法素の気配がするので誓約書なのは間違いないけれど、書面にはその文章と署名欄しか書かれていない。


「まさか産みの親にまで破ったら血を以て贖え、とは言わないな」

「え、血……? 陛下にまで!?」

「レナ、あの魔法陣といい、あなたはいつからそんな恐ろしい子になってしまったの……?」

「……親にまでそんなことをするのか、お前は」


 呆れた様子の陛下と驚愕する父、悲し気に問うてくる母に何も言えなくなり私は、ふい、と顔を反らした。

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