第30話 成人3日前

 あれから季節が変わった。冷たく感じる程度だった水が凍るようになり、日照時間も減り、後3日で年内最も短くなる日が来る。


 前世でいう所の冬至、この国では冬の静日という国民の休日だ。あまりにも寒く、地方にもよるけれど降雪及び積雪し、日照時間も短く凡その家庭が家に籠りがちなので、この日の前後約1週間は国全体が静かだ。余談だけれど春の始まりが1月なので冬真っ盛りの現在は11月である。


 そんな時期なのに我が家は忙しい。ローダネル伯爵領も積雪していて毎年この時期は領に籠っているのに今年は王都へ向かわなければならず、用意に明け暮れている。


 何故なら冬の静日である11月3周目4日は私の誕生日であり、15歳を迎える私の鑑定の式典があるから、だ。


 貴族だからといって、何もこんな時期に執り行わなくても良いと思う。現状、私に楽しみに出来る要素は欠片もないので、逃走の用意を進め、家族とのんびり冬を過ごし、冬が明けてから鑑定の式典でも構わないのだけれど、何も知らない両親がとても楽しみにしているので、げんなりしつつも私は王都へ行く準備を進めている。


 積雪しているので普段なら馬車で半日なのに丸1日を要する。途中で冬の間だけ開店している宿屋に1泊し、そこから馬の状態を見つつ再び王都へ向かう。なので3日という日数ではあまり余裕がない。そんな余裕のない日程で王都へ向かうのは、私が渋ったことが全ての原因である。


 王都で陛下と直接の遣り取りがあってから月に2回程の手紙でも遣り取りが始まっていた。ローダネル伯爵の浮気の真相、その終結、『光の聖人/聖女』の母親の名前に始まり、夜間の護衛に対する進言から幾つかの折り紙の折り方まで、向こうからは恐らく風樹魔法の試運転を兼ねた紙飛行機が届き、共に返信用の風樹魔法が付与された紙が届くので何か情報を乗せて返信せざるを得ないのだ。陛下と宮廷魔法導士様が結託して私に知識という情報を吐かせようとしているのだろうけれどそうはいかない、折り紙なら結構な種類があるのでそれをひたすら描いていても当面は保てる。折り方がなくなった場合は、もうその時の近況を語ることにする、何の益もないとは思うけれど。


 さて置き要するに手紙の遣り取りで、降雪で移動が大変になるので式典は春になってからにして欲しい、という旨を再三お願い申し上げていたのだけれど結果は、かなり近いところに領地があるのだから私の誕生日当日に来い、という惨敗である。娘の成人を楽しみにしている父母の笑顔に負けた、というのもあるけれど。


 行きたくない、可能ならばもう二度と王都へは行きたくないけれどそういうわけにもいかない。成人しなければ領地を継ぐことも出来ないのだから式典には出席しなければならない。


 しかし鑑定は受けたくない、どうやっても自分に対して鑑定の技能は使えなかった。だから『闇の魔女』が完全に消えたかどうかが分からない、消えていなかったらどうしよう、……考えている逃走計画を実行するだけだろうけれど。


 逃走の用意は間に合ったところと、間に合わなかったところがある。

 私独りだけなら今すぐにでもエティの魔導秘法館に移住が出来る。家具は秘密裏に運べる伝手がなかったのでどうにもならなかったけれど掃除は済んだし、魔法館本館の探索も粗方は終えた。しかし他の誰かを住まわせるのはかなり厳しい。あの魔法館は鍵陣がないと何も作動しない、灯も点かないし、水道も使えない、そもそも扉すら開かない。つまり何をするにも私という所有者が必要なのだ。何故にここまで排他的な仕様なのか、誰も来られないのを良いことに逃走に使おうとしている私が言えたことではないけれど。


 ともあれ陛下が誓約を破った場合は、この件について陛下が断罪対象にした全ての人を魔法館へ転移させ、すぐに一度だけ行ったことのある国境付近に再び転移、後は国外に逃げて貰う予定だ。その為の飲水と食糧の確保だけはしておいた、圧縮保存庫を作り出した2代目には感謝しかない。


 さて、こっそりと抜け出して魔法館の最終確認もしたので、そろそろ屋敷から王都へ向かわなければならない。


 ……私独りだけなら半日以上も馬車に乗るまでもなくほぼ一瞬で移動が出来るのだけれど、父母にすらエティの魔導秘法館の主人になったことを隠しているので仕方がない。諦めて屋敷の自室に戻り、玄関を出て楽しみにしている様子の父母と、冬故に嵩張った大量の荷物と共に馬車に乗り込んだ。

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