第28話 真相

 私が知るローダネル伯爵は一途である。当時は領内の前世でいうところの一公務員でしかなかった母に一目惚れし、1年近くをかけて口説き落とし、親族を説得し、親族全てから了承と祝福を得て挙式を上げ、娘が生まれてからも妻一人を愛し続け、浮気をしたことはあの件を除いて一度だってない。


「あの夜のことだって、浮気を心変わりとするならば、全くを以て浮気じゃない」


 その夜は酷い雨で、他領からの帰路に着いていた馬車が立ち往生し、領内に入ったというのに屋敷まで辿り着くことが出来なかった。早く妻と幼い娘の元へ帰りたかったのに、あと少しというところで馬に限界がきてしまい、何処かへ1泊した方が良いだろう、ということになった。


 その時に宿泊した先に、彼女がいたのだ。


「覚えていない、とは言えない。綺麗な女性ではあったんだろう、とも思う」


 名前を、ジェーン・チャールズというらしい。


 当時、食堂を兼ねた宿屋で働いていた彼女は長い金髪と青い瞳を持ち、愛想良く、快活で人気の従業員だった、とローダネル伯爵は言った。黒髪に菫色の目を持つ、お淑やかで、理知的に見える母とは対照的である。貴族且つ此処の領主であるローダネル伯爵が一般の食堂で食事をすると他の客が委縮してしまうから、という配慮で客室で食事を摂ることにしたのだが、その際に部屋に食事を運んで来たジェーンと、ことに及んでしまった、というのが当時の出来事らしい。


「誓って、僕から誘ったわけではない。ただ、彼女から誘われたわけでもない」


 当時を思い出すと今でも混乱する、とローダネル伯爵は言葉を続ける。


「本当に、何であんなことになったのか、分からないんだ」


 愛しているのは妻のグリムヒルデだけ、ジェーンにそういう欲を持ったわけでもない、しかし実際はことに及んでいて、然るべき日数が経ってから、ジェーンから子供が出来たという報せが秘密裏に届いた。妾として囲う気はなかったから認知はしておらず、ただ責任感と罪悪感から成人するまで養育費は届けることにした、というところまで語って、ローダネル伯爵は言葉を切った。


 ローダネル伯爵の左手指は、全て揃っている。


「養育費を届けているのは、セオドアか、もしくは彼の伝手ですか?」

「そうだ」


 セオドアは先の執事だ。ローダネル伯爵の若い時分からこの家に勤めていて信頼が厚く、恐らく件の夜も同行していて、凡その事情を知っているのだろう。


「他に知っている者は?」

「いないよ、協力者はセオだけだ」


 2人だけでこの14年を隠し通すのは可能か、不可能か。


「レナ?」


 私はそれについて考えるようとしたけれどローダネル伯爵が不思議そうに声をかけてくる。確かに今はそれより先に解決してしまうべき議題がある。


「……いえ、私からはもうありません。お母様からは」

「レナ!!」


 それまで黙っていた母が声を張り上げて私を厳しい眼で見ていた。


「お父様にお謝りなさい!! こんな恐ろしい道具を何処で手に入れてきたのですか!!」

「……」


 母はローダネル伯爵を愛している。だから浮気されて悲しかったし、私が断罪しようとして怖がっている。私は視線を床へ落とした。


「ごめんなさい」


 ローダネル伯爵は私の父で、私を此処まで育ててくれた両親の片方で、大切な家族だけれど、大切だからこそ、父は悪くない、と私だって言いたかった。


「あの夢を見てから、今日、お父様にこの魔法陣を使うことは、私にとってどうしても必要だったのです」


 でも私は無力で、こうでもしなければ世界相手に、私自身にも、父の無罪を証明が出来なかった。

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