第27話 審問

 暫くして談話室にかなり疲れた様子の瘦身で灰髪の男性が執事を伴って入って来た。ヴォイト・ウィル・ローダネル、我が領の領主であり、私の実父である。


「おかえり、レナ」


 ローダネル伯爵は微笑んで腕を広げ、私を歓迎してくれるけれど、声にまで疲れが滲み出ていた。私は椅子から立ち上がり、しかしその場で一礼してローダネル伯爵へ歩み寄ることはない。


「ただいま戻りました」


 娘から父親へ対する帰宅の礼ではない、完全に他人行儀なそれにローダネル伯爵は顔を青褪めさせた。


「申し訳ないけれど、話し合いをします。席を外して下さい」


 当惑する執事にきっぱりと言えば、執事はローダネル伯爵を見て、それから私を見て、最後にローダネル伯爵の指示で侍女を伴って談話室を出て行った。


 審問の開始だ。


「レナ、まずは無事に戻ったことを喜ばせてくれ。お願いだ」

「……そうさせていただきたいのは、私も同じです。しかしローダネル伯爵、卿の身の振り方によっては今後、私が卿を父親と呼ばないことを御覚悟下さい」


 ヒュ、と息を呑む音が聞こえた気がするけれど、構わずに卓の上に一枚の紙を置く。


 真っ赤な、血のようにすら見える色で描かれた魔法陣に母から小さく悲鳴が上がった。



血の虚偽断罪陣

 第4代目エティの魔導秘法館主人にて作成された真偽判断の為の魔法陣。

 この魔法陣に対象が左手を置くことで起動する。

 起動した状態でこの魔法陣に触れている者が虚偽を述べた場合、虚偽申告の度に左手小指から順番に、指がなくなれば左手首、肘、肩の順で関節毎に切り落とされる。



「レナ!?」


 私が鑑定の内容をそのまま読み上げると、母が叫んだ。お淑やかな女性なのでこの魔法陣は刺激が強過ぎたかもしれないけれど、私に止める心算はない。


「ローダネル伯爵、卿もこのまま冷えた家で暮らすことは本意ではない筈です」

「…………」


 ローダネル伯爵は沈黙して私を眺め、ふ、と悲し気に微笑んだ。


「あの日から、レナは変わってしまったんだね」


 私の価値観に変化があったのは否定しないし、それによって行動が変化したことも否定は出来ない。


「僕が、そうさせたんだね」


 悲し気な笑顔のまま、ローダネル伯爵は席に着き、血の虚偽断罪陣に左手を置いた。


「あなた!」

「何でも訊いてくれ」


 魔法陣が起動して、真っ赤な光がローダネル伯爵の左腕に絡みつく。ローダネル伯爵は、覚悟を決めた表情をしていた。


「──……まず」


 私はこの質問に虚偽、あるいは裏切りで返したら即、ローダネル伯爵を処断すると決めていた内容を口にする。


「卿はグリムヒルデ・キュラ・ローダネラを愛していますか?」


 ローダネル伯爵は一瞬だけ、きょとん、とした。それから、私ではなく、母へ幸せそうな笑みを向ける。


「勿論だ。僕はリム以外を愛したことはない」

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