第26話 帰宅

 王宮からの使者が迎えに来てから半月、当初は3日程の滞在予定だったのに魔王に襲撃されたり陛下と賭けをしていたりした上に陛下から秘密裏に出入国自由の権利の書状をいただくのに時間を要したので日数が伸びたけれど、それでも王都へ来た目的を果たして私は帰省することになった。陛下は、いっそ式典まで王都にいたらどうか、と仰られたけれど、随分な遠回しでお断りを申し上げた。敵陣にいつまでもいたくはない。


 私は馬車の中から外の景色を見ていた。今、私はローダネル伯爵領へ帰る道にいる。王都へ行く馬車にいた顔色の悪い使者はおらず、侍女が1人だけ相乗りしていた。呼び出したのだから王宮から送るという申し出に対し、断るという提案をしてきたのが彼女だ。彼女は私が謁見した日の夜の非常識な時間に呼び出され、靴連れを起こすような距離を歩いて帰って来たことに大変に憤慨していた。勿論ながら先に私の許可を求めはしたけれど、王宮からの申し出を断るなんて驚かざるを得ない、伯爵家の使用人でしかないのに彼女は豪胆が過ぎる。私も顔色の悪い使者と長時間も相乗りしていたいか、と問われれば否定するしかないので有難く我が家の馬車で帰らせて貰うけれど。


 彼女は町屋敷の使用人なので私が屋敷に着いたらこの馬車で王都へ戻ることにる。王都にいたこの半月程、とてもよく働いてくれた。なので帰ったら母へこの侍女の働き振りを印象付けることにする、少なくとも待遇は良くなる筈だ。


 さて、もうすぐ領地の屋敷である。ここですべきことは第一に。

 ローダネル伯爵への発端となる出来事の事実確認。


 もしも私が有罪と判断した場合、私は父親とて容赦する心算はないし、恐らく出来ない。潰したい可能性とはいえ、私と『復讐の魔女』は根本的に同じものだ。見殺しにされた、まではいかなくても、そうなる可能性の原因を作ったのだから、それ相応の罰は受けて貰う。

 ただ信じたくもあった。どうにもならない事情、というか、抵抗すら思い起こせないような何かに流されたのかもしれない、という可能性にも今は思い至っている。


 あれから再び確認したところ、エティの魔導秘法館には豊富な魔法関連の道具や書物が所蔵されていた。だから事実確認に利用が出来るものもあるだろう、と私は外観や塔の確認を後回しにして書庫と倉庫で必要なものを探し出し、計画を練ったのだ。


 帰宅する今日という日に、一区切りをつけてしまう為に。


 決意を改めたところで馬車が停止した。ローダネル伯爵領の屋敷前に着いたようだ。


 馬車の窓からは既に玄関前で使用人達が並び立ち、馬車の到着に合わせて頭を下げているのが見える。


「ご苦労様です」


 馬車の扉が開いて、私は侍女に手を貸して貰いながら馬車を降り、使用人達を労った後に玄関の扉へと歩いた。そこで黒く長い髪を結い上げ、雪のように白い肌を濃紺のドレスで包み、薄く微笑む女性が出迎えてくれる。


「おかえりなさい、レナ」

「ただいま戻りました、お母様」


 グリムヒルデ・キュラ・ローダネラ、私の母だ。私はその場で一礼をしてから母へ歩み寄り、そこから2人で談話室へ向かう。後からついてきた使用人がその場だけ先んじて談話室の扉を開け、私達が部屋に入るなり茶菓子の用意を始める。その段階で私は母に抱き締められた。


「無事で良かった」


 伯爵令嬢如きが個人で王宮へ呼び出されるなど、普通はない。両親が付き添おうにも今回は件の騒動が原因でそれどころではなかったのだ。ローダネル伯爵家に何かあったと不安がる使用人達を落ち着かせ、外のへ情報漏洩を防ぎ、その上で纏め上げて仕事をこなさなければならない。


 私にとっても都合が良かったので単身で王都へ向かったけれど旅程は伸びたし、連絡を入れていたとはいえ心配はかけただろう。私は安心して欲しくて母を抱き返す。


「はい、私は、無事です」


 帰還の喜びも冷めやらぬままに改めて席に着き、しかし談笑するには話せることがあまりにも少なかった。

 この半月のことを話したら母はひっくり返ってしまうだろうし、私の目的とは別の誓約を取り交わした守秘義務でもある。本来の目的にほとんどの時間を費やしてしまったので香茶やお茶請けが美味しかったとか、窓から見える景色が素敵だったとか、話せる内容を選ぶのに少し時間がかかったけれど、話せない内容があることは母も分かってくれていた。


 本当に、要人2人を護りつつ魔王と戦い、陛下と賭けをして、宮廷魔法導士様と魔法戦をした、なんて、貴族令嬢が話して良い内容ではない。


 なので件の侍女を褒めておいた、私に許可を取ったとはいえ王宮の申し出を断ったことだけ伏せて。母はあの侍女はまだ若いのに私が褒めるような働きを、と感心していた。これで母の彼女に対する覚えが良くなった、昇給を期待して欲しい。


 そして侍女を褒め終わってしまうと話が尽きる。


「──お母様」


 私は視線を下げて、少し声を冷たくして言った。


「ローダネル伯爵をお呼びしても構わないでしょうか」


 それまで笑顔でいた母の顔が凍る。私も母にそんな顔をして欲しいわけではないのだけれど。


「事実確認をさせていただきたいのです。もしも、もしもローダネル伯爵がお母様を裏切ったのであれば」


 私がローダネル伯爵を断罪する。

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