第25話 探索

 応接室での遣り取りの後、誓約書は改めて確認させていただいた。強いていうなら陛下に出した条件と全く同じ条件で第三者への情報開示をする、という取り決めを加え、重要な事態があれば前世の知識を使って協力する、という口約束があったくらいだ。宮廷魔法導士様と近衛兵様は『聖光譚』の情報あの日に私が見た夢の内容だけでも得ておきたいので誓約内容を確認して署名する、と言ったので恐らく現時点で私が何者かを知っているのはあの御三方だけ。誓約に私の許可なく話さない、という文面も入っているので当面、これ以上は増えないだろう。


 後は近衛兵様から先日の礼をしたいとも言われたけれど、それは保留にさせていただいた。今後がどうなるかによって欲しいものは変わる。公爵家からいただけるものがあるならば、それは慎重に選ばなければならない。


 さて、これで一区切りは着いた。これで15歳を迎えるまでは何事もない、と思いたい。

 ならば後はとにかく、15歳までに残る備えをしておかなければ。


 私は昼食を取り終え、休みたいので自分で顔を出すまで呼びに来なくて良い、と侍女に告げ、独りになってからエティの魔導秘法館へ転移した。15歳までに魔法館の設備を把握し、いざとなれば此処である程度の生活が出来るように整えていかなければならない。


 なので探索だ。塔は基本的に外敵からの自動防衛設備なので後に回して、今回は本館地上階を調べようと思う。


 転移すると同時に燭台に灯が点く。灯は火ではなく、ぼんやりとした淡い橙色の球体で、鍵陣によって明るさの調節が出来る。燭台というよりも電灯のような物だけれど、形が燭台なのでそのまま燭台ということにする。


 地上1階は主人を認識する為の石台と転移陣、敷かれた絨毯と壁の燭台しかない。絨毯と燭台に何か特別な仕様がなされているわけではなく、絨毯は石畳で足を傷めないようにすることを兼ねた飾り、燭台は人の存在を自動的に検知して灯を点けるだけのものらしい。天井は高く玄関ホールのようだけれど、私は誰も招く心算がないし、来客を迎えるにしては殺風景だ。そして石台と魔法陣がある以上、何か仕出かして此処の設備に影響が出るのは拙い。此処は転移だけの為に空けておく方が良いだろう。


 私は石台の奥にある階段へ歩いた。段は赤銅で縁取られた紫紺色の絨毯が敷かれ、壁は仄かに青い。私が染めた魔法館は基本的にこの色調なのだろう。そんなことを考えながら地上1階から2階へ移動する。


 2階と3階はかなり広い円形の部屋で1階以上の伽藍洞だった。石製の壁と天井、床は仄青く、其処に赤銅で紋様が描かれている。強いて言えば壁や床、高い天井にまで、部屋を囲うように描かれた紋様が異なる。何が違うのか、と思えば鑑定が起動した。2階は修復用、3階は魔法障壁の魔法陣らしい。要するに2階は物理、3階は魔法に耐性のある空間ということになる。戦闘用の空間だろうか、とも考えるけれど、恐らく本来のエティの魔導秘法館は戦場になることを想定していない。『復讐の魔女』を討伐する為に『光の聖人/聖女』達が追って来たから戦場になっただけで、『聖光譚』以外で私が知るエティの魔導秘法館は魔法技術に優れた賢者の隠匿する場所なのだ。だとするなら此処は何の為に、という疑問は4階に上がってから解決した。


 4階へ上る階段の先に今までの階にはなかった魔法陣で施錠された扉がある。鍵陣を使って開けたその先はやはり同じ色調だったけれど、廊下で2つに区切られている。廊下を挟んで片方は開発室、もう片方は倉庫、廊下の先は次の階への階段になっていた。片方の扉を開けて倉庫の中に入り、先代までの創作物と所有物が所有者毎に並べられているのを見れば、2階と3階は実験場だと知れる。この魔法館へ来るくらいの魔法素の持ち主達が人知れず実験しようというのだから、あの空間はどうしても必要になるのだろう。


 そして今更だけれど、外と内の空間に矛盾が生じていることに気付く。正三角形の外装だったというのにこの2つの部屋は四角く造られている。建物内に納まるように設計したのかとも考えたけれど、開発室はそこそこ、倉庫はかなり広く作られているのに対し、桁橋の外周から判断する魔法館に此処までの広さはない。そもそも階段の位置からしておかしい、今のところどの階も上りと下りの階段は向かいにあって延々と奥へ進んで行くのに、逆方向へ向かう階段も、突き当たりになる様子もない。魔法かそれ以外の要因かは分からないけれど空間が物理法則を超越しているのは間違いない。


 倉庫の探索や空間の検証もしたいけれど、設備の把握を優先して5階へ上がる。4階と同じ構造だけれど、今度は研究室と書庫だった。製図や簡単な作業台のある研究室は開発室程には広くない、その代わりに書庫が倉庫と同じかそれ以上に広く、本棚が等間隔に並び、先代までに収集された書物は比較的手前の本棚へ所有者毎、種類毎に並べられ、それ以前、元からエティの魔導秘法館にあるものは奥の方の本棚へやや乱雑に収められていた。これでは何が何処にあるか分からない、と思ったのだけれど、書庫の入り口付近に検索用の為の魔法装置があった。倉庫にも似たような魔法陣があるかもしれないので、後でまた確認しておこうと思う。


 6階に上ると様変わりした。階段先に先程より更に強固な魔法陣で施錠された扉がある。開けて中に入れば廊下はなく、今までの灯より強い光に目を瞑る。何故に此処だけ、という疑問は壁に映る映像ですぐに解消された。先程に覗いた幾つもの室内が映っている。暗い画面は塔の内部を映しているからだろうか、前世での監視カメラの映像に酷似している。ということはこの階は制御室だ。万が一の侵入者に早期対応する為にある。館内が広い上に塔の内部まで網羅しているから、広い制御室の私の腰より上の壁は映像で埋め尽くされている。今はこの建物内に私しかいないのだから何かが映るということはなく、壁一面に映る映像は何も動かない。その壁を半周する腰くらいの高さにある鍵盤には知らない文字が刻まれているけれど、どういうわけか意味は分かるし操作も問題ないだろう。


 ある程度を確認して、7階へ上がる。6階にあったものとは違う軽い印象の、しかし施錠している魔法陣に込められた魔法素は今までで最も多い扉があった。解錠して扉を開けば廊下があり、その左右に幾つも扉があって部屋が分けられていて、一つひとつ開けてみれば寝室、洗面所に風呂、台所というような生活が出来る空間がある。


 私は安堵した。これだけの設備があれば逃げて身を隠すのには困らない。食糧調達等の課題は残るけれど、私の生存はまた一つ確かなものになる。陛下や近衛兵様、宮廷魔法導士様に私がエティの魔導秘法館に逃げ込んでいることは知れてしまうだろうけれど、御三方は此処へ来る方法を知らない筈だ。此処へ来る方法を知っているのは──……。


 私は息を吐いた。この問題はどう処理しよう。既に陛下へ情報提供がなされていたら困る、物凄く困る。しかし相手に問えない以上、今すぐ解決は出来ない。対策を練らなければならず、考えることは尽きない。


 尽きないけれど、こればかりに気を取られることも出来ない。此処へ来た当初の目的は15歳までに生活が出来るよう、此処を整えることなのだから。


 なので生活の為に今から出来ることは。


──掃除と、家具の調達だ


 誰かが使ったものをそのままで使用するなんて、貴族令嬢として許せることではない。

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