第24話 帰還と報告

「陛下が応接室にてお待ちです」


 先に帰った近衛兵様に出迎えられ、そう告げられる。そこから重役の御二方に連れられて応接室へ向かうので、すれ違うお勤めの方々に何事か、と振り返って見られたり、あからさまに不躾な視線を投げられたりした。大したことをしたわけではないのに、とはさすがに思わないし、近衛兵様はこの後の報告を聞く手間を省くのに好都合だとしても、重役の御二方に案内させるには対外的に私の身分が足りていない。そもそも何故に宮廷魔法導士様は共に応接室へ向かっているのだろう。何にせよ、非常に居心地が悪い。


「お連れしました」

「入れ」


 居心地の悪さは続く。重役の御二方に加えてこの国の最高権力者と対面しなければならない。嘆息したいところだけれど、無礼だと分かっているのでどうにか飲み込んだ。


 部屋に入ってスカートの中腹を摘まみ、腰を折り頭を下げて礼をする。両隣にいた近衛兵様も宮廷魔法導士様も最上礼をしているのがちらりと見えた。


「面を上げ、座れ」


 だというのに陛下はさっさと座れ、話せ、と視線で訴えてくる。話も何も、もう結果は宮廷魔法導士様の通達で知っている筈だ。急かされるような話は、私にはない。


「失礼を致します」


 しかし言われた以上は従わなくてはならない、一応は国民なので。近衛兵様と宮廷魔法導士様はそのまま陛下の後方へ立ち、私が向かいの席へ着くと侍女が香茶と菓子を卓上に置き、一礼してすぐに部屋を出て行った。重役3人に対して私1人とは、前世でいうところの圧迫面接に近いのではなかろうか。恐らくそんな言葉の存在すら知らない陛下は侍女がいなくなるや否や盗聴防止の道具を起動させる。


「結果は」

「既にフォウト巫爵からお聞きとは存じますが」


 息苦しささえ覚えたけれど私は先もしたように右手の手袋を外し、鍵陣のある右手を晒す。


「当代エティの魔導秘法館主人となりましたことを、改めて報告させていただきます」

「──そうか」


 ともすれば重苦しく感じるような声だった。私の出入国自由の権利を認めざるを得ないのだから仕方ないといえばそうなのだけれど。


「まず、お前の出入国自由の権利を認める。今この時よりその権利はお前のものだが、後に書状を渡そう」

「ありがとうございます」


 陛下と、近衛兵様がまじまじと鍵陣を見た。手袋を外す前の陛下と近衛兵様からこの御二方は視えていない、と判断する。だから魔王との戦いで近衛兵様は後手に回り戦線離脱し、陛下は馬車があったから最初の一撃は防いだのにその後は何も出来ずにいたのだろう。視えていなければ夜間の暗闇魔法による攻撃はそれだけ脅威だ。陛下はご自身の防衛を改めた方が良い、進言すべきだろうか。


「して、どのような場所であったか」

「白亜の上に淡い虹が泳ぐような色が基調の、魔導秘法館と呼ぶに相応しい構造をした建物でしたが、私の魔法素により別の色に染まりました。今は……」

「……どうした?」

「様相を確認する前に帰還を致しました。最後にいた部屋が薄青く染まったことしか分かりません」


 お聞きになるとは思っていなかったから外観をはじめ、設備も何も全く確認していない。確認してから帰って来れば良かっただろうか。


「ローダネル伯爵令嬢は何の前触れもなく、突然帰還しました。急ぎ報告に戻ってくれたのでしょう」


 宮廷魔法導士様がしれっ、と口添えして下さった。


「そうか」


 残念そうに陛下が項垂れる。近衛兵様も陛下程ではないけれど少し落胆しているようだった。もしかして伝説等に憧れるものがあるのだろうか。当代エティの魔導秘法館主人の座は渡せないし、陛下に国王を止められると困るのだけれど。


「次の機会に話して貰いたい。出来れば見たくはあるが」

「それについては承諾致しかねます」

「……だろうな」


 私は誰も招く心算がない。即答した私の心境を陛下は分かっているのか、やや視線が遠くなった。近衛兵様は首を傾げていて、宮廷魔法導士様は視線を険しくした。


「宜しいか」


 その宮廷魔法導士様が鋭い視線を私に向けたまま、その場の全員が暫く黙った後に口を開く。


「ローダネル伯爵令嬢は魔法素量が我々普人種の域を越えている上に、紙を折り飛ばす技術や我々が呼吸するのに必要な物質、そもそも魔導秘法館への行き方も含めて、普及していない知識を持っている。それについての情報開示を願いたい。勝負中に許可は取っております」


 陛下が私に視線を向けた。宮廷魔法導士様が此処まで共に来て、先に助け舟を出してくれたのはこの為か。


「魔法素量や魔導秘法館についての情報源はご署名をいただけるならば。ですが知識については私が賭けに勝ったらお教えしない、と申し上げました」


 陛下まで巻き込むなんて、宮廷魔法導士様は諦めが悪くいらっしゃる。しかし条件を覆す心算はない。そう示すような態度で香茶に口をつければ、陛下はピクリ、と眉を上げた。


「夢の内容を話すことは、誓約に含まれていた筈だ」

「? 先に一通りお話し致しました」

「その普及していない知識については聴いていない。話せ」

「──……ああ、なるほど」


 認識に齟齬がある。

 私は『聖光譚』の内容以外、夢で見たわけではない。

 夢で見た物語を、目覚めてからそれが前世らしき世界のRPG『聖光譚』であると認識し、それから他の前世の情報を得たのだ。

 つまり。


「夢で見たのは私の可能性であり、フォウト巫爵がいう知識とはその後、夢から覚めた後に得た情報ですので」


 誓約内容には含まれていないのでお話する義務はありません、と言外に伝えれば陛下は絶句した。宮廷魔法導士様は歯噛みし、近衛兵様は狼狽え始める。


「……追加報酬を出す。我が国に有益な情報なら話して貰いたい」


 呻くように仰いながら陛下が頭を押さえた。過去に二度、交渉して私が折れないことを知っていらっしゃる陛下は今度こそ、とお思いかもしれないけれど。


「国が発展し過ぎた結果、近隣の国への侵略を始める可能性が捨てきれない、と判断しました」

「何故その考えになった」


 結局、今回も私は知識について話すことはなかった。

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