第23話 決着と報告
宣言の直後に電光が炸裂して一時的に私の視覚、というか感覚を全て遮断した。ただ白い、此処へ来た時の印象に近い幻覚があって、しかしそれもすぐに終わる。ぼんやりとした感覚は少し残っていたけれどそれを振り払って周囲を見回せば、来た時とは様変わりしていた。
赤銅で継がれた青みがかった石畳、その上に赤銅で縁取られ、縁取りと同色で紋様の描かれた濃い紫紺色の絨毯が敷かれている。燭台に灯る光は蝋燭の火のような淡い橙色ではあるけれど、それでも室内の青っぽい印象は覆らない。苛烈な印象だった『魔女の魔法館』に比べて冷淡、ともすればただただ冷たい印象は受けるけれど、無事にエティの魔導秘法館は私の所有になったようだ。
上階がどうなっているのか詳しい内容は『聖光譚』の情報にはないので調べたいけれど、陛下への、それ以前に宮廷魔法導士様と近衛兵様への結果の報告と、我が家の馭者への労いをしなければならない。そうなると真っ先に解決しなければならない問題がある。
──どうやって帰れば良いのだろう?
『復讐の魔女』があの満身創痍でイェンメルフォード王国へ現れて復讐を遂げていることから、『復讐の魔女』の体力でも問題なく外へ移動する方法があるのは分かっている。灯を点けられるとはいえもう一度あの迷路のような地下を通り、塔へ移動し、吊橋を渡り、移動先が目的の場所か否か、そもそも移動すら出来るか分からないのに水へ沈まなければならない、なんてことはない筈だ。
いっそのこと先にこの魔法館を探索して帰り道を見つけた方が良いのだろうか、と考えたところで出入口と石台との中間辺りの床と、私の右手の甲に魔法素で描かれた陣形が現れた。何だろう、と鑑定技能を使えばまた空間に文字が浮かぶ。
転移陣
エティの魔導秘法館の主人が使用可能。鍵陣により起動する。
別の場所からこの場所へ、この場所から指定する場所へ転移することが出来る。
但し、既に行ったことのある場所へしか転移は出来ない。
鍵陣
エティの魔導秘法館の主人が持つ設備及び所蔵物の使用許可陣。基本的には右手の甲に刻まれる。
尚、何らかの原因で負傷または欠損するかしている場合は別の場所に刻まれ、使用権が失われることはない。
『復讐の魔女』は警備の厳しい王宮へどうやって侵入したのかと思っていたけれど、これを使ったのか、と理解する。これを使えば侵入は容易だろう、『復讐の魔女』の15歳の鑑定も処刑も、王宮内で行われたのだから。後は準備を整えて確実に陛下を殺し、此処へ戻ってから再び移動してローダネル伯爵を殺せば良い。私の潰したい未来の可能性ながら、ある意味で運に恵まれている。火炙りにされた時点で真っ当な運はないに等しいのかもしれないけれど。
さて置き今回の私は勿論、ただ移動するだけにこの移動陣を使う。行き先は此処までの道筋で経由した湖、その畔だ。我が家の馬車のある場所を思い浮かべて数秒後、その場所が現実の光景として目前にあった。
「お、お嬢様!?」
一体何処から、と驚愕する我が家の馭者の声に、湖の縁ギリギリに立って湖水を睨
めつけていた宮廷魔法導士様が振り返って私を見た。
「無事か」
「はい」
何処か安堵した表情だった。もしかして私が溺れ死んでその責を取らされると思ったのだろうか。私が死んでもこの賭けが無効になるだけなのに。
「貴女が消えた後、ブランズ近衛兵長は陛下への報告の為に一足先に戻った」
「その時点ではまだ、私がエティの魔導秘法館を所有出来るとは限らないのに、でしょうか?」
「ほぼ確定だっただろう。一応訊くが、結果は?」
宮廷魔法導士様が目を細めてと私の右手を見る。宮廷魔法導士様にも魔法素が視えていらっしゃるのだろうか。そういえば勝負の最中に私の魔法素の量に言及してきた、視えている可能性が高い。そうなると先程に私が呼吸の為に細い管を水面へ伸ばしていたのも視えていたことになる。今回の賭けは模擬戦のようなものだったから良いとして、隠匿すべき相手に魔法素が見えてしまったら困る、改良が必要だ。水中、広げれば普人種が行動しない域での行動は考えることが多い。
対策を練りたいけれど、あまり考えに時間を取られては失礼になる。これもあまり広めることでもないけれど、今回は勝負の結果を伝えることも兼て私は右手の手袋を外した。
右手の甲に正七角形、その内に正方形、更にその内に逆正三角形の、エティの魔導秘法館の建物全体を上から見た図に何か紋様を描き加えたような魔法陣が刻まれている。
魔法素だけならば手袋の上からでも視えるけれど、私の手の甲には魔法素以外でも鍵陣が刻まれていた。どうやって手袋を着けたままの私の手の甲にこの陣を刻んだのか、という疑問は残るけれど、対外的に私がエティの魔導秘法館の主人であることを示すには手っ取り早い。鍵陣は設備や所蔵物を使用する為の鍵でしかないけれど、充分だろう。
鍵陣以外で私がエティの魔導秘法館の主人であることを示すならば、私が死に、私が染めたエティの魔導秘法館が白く褪せる様子を見せるしかないのだから。
鍵陣を見た宮廷魔法導士様は嘆息し、懐から取り出した紙に私がエティの魔導秘法館の主人になったこと、帰城する旨を書き込むと、何故か私に紙を渡してきた。
「謁見の際に飛ばしたように折って欲しい」
紙飛行機のことか、確かに少なくともこの国で折り紙は一般的ではない。宮廷魔法導士様にも必要かもしれないので、私は馬車に寄り、宮廷魔法導士様を呼び寄せ、馬車の車体を板代わりにして宮廷魔法導士様に説明しながら折る。簡単な紙飛行機なので、そんなに説明することもなくすぐに出来上がった。
「何故、このような知識がある?」
「私がこの賭けに勝ちましたので、それはお教え致しません」
「……」
私が問いを跳ね退けて完成した紙飛行機を渡すと、宮廷魔法導士様はムス、とした表情をしながらも紙飛行機に風樹魔法をかけ、王宮の方へ飛ばす。そこまで飛ばない筈の紙飛行機は少なくとも辺りに生えている樹よりも上昇し、そのまま落ちることもなく飛んで行いった。
「王宮までご同行願おう」
「はい」
「……申し訳ないが、此方の馬車はブランズ近衛兵長が帰城に使ってしまった。同乗させて貰えると有難い」
「…………はい」
安堵したのは帰りの交通手段の確保が出来たからか。
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