第22話 エティの魔導秘法館 地上1階
暗いままの階段を足を踏み外さないように慎重に上る。階段の先は床に魔法陣のようなものが描かれた踊り場、そして大きな扉があった。その魔法陣は暗い中を強く光るので目を焼きそうではあるけれど、本当に光っているのではないから私は目を瞑らずにその陣を視ていられる。
鑑定によればこの扉を開閉する為の魔法陣であり、今も起動している。触れた途端に罠が発動する、なんてことは『聖光譚』ではなかったから大丈夫だろうけれど、何の躊躇もなく触れるには魔法陣を描く魔法素が強過ぎる。それでも先へ進まないと私はエティの魔導秘法館を手に入れられない。
数度、深呼吸をして私は右手を伸ばして扉へ触れた。
触れただけで重い音を立てて扉が開き、出入口から近い順に壁にある燭台のようなものに淡い灯が灯っていく。今まで暗闇の中を進んでいたので私は強く目を瞑った上で押さえてしまった。こんなに淡い光なのに目が焼かれるような気分になってしまうとは。やはり私に光への親和性は、ない。
目が慣れるのに暫くかかった。瞬きしながら漸く見たその場所は、間違いなく『聖光譚』の2周目以降条件付きでの最終決戦の場、『魔女の魔法館』地上1階。差異といえば私がいる場所から手奥にある石製の飾り台のようなもののところまで敷かれた絨毯は屋敷や外壁と同じく白っぽい色だけれど、『聖光譚』では赤く縁取られた黒だった。石畳も比べてみれば心なしか焼けたような色をしていた気もする。そして黒地に赤い魔法陣の描かれた石台の奥にある階段から『復讐の魔女』がゆっくりと下りてきて、主人公達と一言の会話もなく戦闘になるのだ。
淡く柔らかい光が照らし出す今の光景とは全く印象が異なる。今の印象はただの伽藍洞だ。燭台のようなものと絨毯、そして石台しか此処にはない。今まで警戒していた罠もないのだから、私は違和感の残る目をやり過ごしつつ、絨毯の上を石台まで歩く。
石台にも魔法陣が描かれていた。『聖光譚』の情報によれば、その時点で魔法館に主がいない場合にこの石台へ魔法素を流し込み、此処へ来る為に誓った言葉を述べれば、その者が新たなる魔法館の主になる。『復讐の魔女』を斃した後、登場人物の中の誰かがこの場所の主になるのか否か、それすら語られずに『聖光譚』は幕を下ろす。
私は改めて深呼吸する。
魔法素が足りるか不安は消えないけれど、此処へ来られたのだから充分にある筈だ。何よりやるしかない。
右手を石台の中央へ乗せ、魔法素を石台へ注ぎ込むイメージを──……。
「!?」
注ぎ込む前に魔法素が吸い取られ始めた。初めに手を置いている石台に描かれた魔法陣が濃い紫紺色に染まり、その中を細く赤銅色が走る。その色が魔法陣を染めてしまうと今度は石台を薄く染めて再び濃い紫紺が足元の絨毯へと流れる。振り返れば絨毯が波打つように染め上げられ、絨毯が染め尽されても薄く石畳へ広がり、扉を超え、地下へと続く階段へ流れ落ちていった。
その間も石台から私の手が離れることはなく、魔法素は吸われ続ける。このエティの魔導秘法館を染め上げる為に大量の魔法素が必要だと知れた。魔法素で染めているとは仮定してはいても、ここまで直接的に染めているとは思わなかったけれど。
向き直れば石台の向こう、上り階段へも魔法素が流れていくのが見える。
今、私から流れる紫が何を示すのかは知れないけれど、水を示す青にかなり寄っていて、それに添う赤銅は土と金が縒り合ったものだろう。炎を示す赤は勿論のこと、闇を示すと思しき黒も見当たらない。
色が示す私はもう、『復讐の魔女』とは違う。
口の端が緩んだ。また一つ、可能性が低くなる。それを決定的にしてしまう為に、
「──私は、生き残ってみせる……!」
この魔法館を私の所有に!
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