第21話 エティの魔導秘法館 橋と地下

 隙間なく金属製と思われる板が敷かれてはいるけれど、正直に言えば私が進む度に軋む音を立て、揺れる吊橋は怖い。橋下に土も水もないことが余計に恐怖心を刺激する。『聖光譚』でのこの場所は炎が荒れ狂い、その燃え盛る炎の中に深紅の背鰭を持つ巨大な黒い蛇がいて主人公達を追い返そうと襲ってくる。襲われる心配がないのは良いけれど、どういう構造になっているのか、落ちたらどうなるか分かったものではない。絶対にこの館を私の所有にしてみせるけれどこの吊橋はどうにかならないものか。渡り終えて一息吐いても安心には程遠い。桁橋には手摺も柵もなく、幅広いとも言い難い。落ちたら、という恐怖心は拭えなかった。それでも石のような足場は吊橋よりも安定感がある。私は吊橋から右へと歩いた。


 最初に着く塔には入らず、次の塔へ向かう。


 今此処が誰の所有でもないことは分かっていて、『復讐の魔女』が満身創痍で『聖光譚』の攻略方法通りに進めるとは思えない。ならば恐らく、主がいないエティの魔導秘法館は手順を踏まずに入ることが出来る筈だ。


 ちなみに『聖光譚』での『魔女の魔法館』の攻略方法は、塔の地上1階と最上階にある解除スイッチを吊橋から右手奥、左手奥、左手前、右手前の順に解除し、開放される右手奥の塔の地下階にある地下通路から本館へ、というものだ。分かり易く表すなら右手奥地上1階、右手奥最上階、左手奥地上1階、左手奥最上階、左手前地上1階、左手前最上階、右手前地上1階、右手前最上階、右手奥地下階、本館、となる。全ての塔には罠があり、塔に入った際にエティの魔導秘法館の主以外が灯を点けてしまうと罠が起動してしまうのだが、何があるかも分からない暗闇の中を延々と移動するくらいなら明るい中を罠に立ち向かった方がまだ短時間で済むしストレスも軽いのではないか、と考える。『光の聖人/聖女』がいれば光輝魔法があるのでその限りでもないけれど魔法素の消費という問題が発生するので、その時に攻略する人の好みによるだろう。


 ただどうあっても、塔と本館地下階の道筋を攻略しようとするなら情報は必須だと思う。塔4棟の地上6階に加えて右手奥の塔と本館の地下階を踏破しなければならないし、それ以前に攻略する順番を間違えれば本館へ続く右手奥の塔の地下階は開放されず、始めからやり直しになる。情報もなくひたすらに歩き回って『復讐の魔女』の元へ辿り着き、戦闘の為の体力や魔法素の温存が出来ている可能性はかなり低いのではないか。


 本館へ辿り着く情報をどうやって『復讐の魔女』が知り得たのか、もしくは知らないままにエティの魔導秘法館の主に成り得たのか、私に知る術はない。


 考えている間に吊橋から右手奥の塔の前に立っていた。施錠されていない扉を開ければ暗闇が広がっている。しかし私には何かが電光のように流れのているのが視えた。恐らくは魔法素だろう、とあたりをつける。そういえば魔王と対峙した時も夜だというのに魔王の暗闇魔法による攻撃が視えていた、と思い出す。あの時の私は魔法素を視ていたらしい。鑑定の他にも『復讐の魔女』に関する技能が私に備わったかもしれない。この件が済んだら検証すべきことに追加しておく。


 私は躊躇いなく暗闇の中へ入った。魔法素の流れが視えるなら暗闇でも進む方向くらいは分かる。灯を点けて万が一にも罠が起動してしまう可能性が消えないなら、今の私には暗闇を進む方が問題が少ない。魔王との対峙がこんなところで役立つとは思わなかったけれど。


 壁に手をあて、足元の感覚に全神経を集中さて暗闇の中を進む。魔法素が流れ込む、より魔法素の濃い方へ。


 魔法素が電光のように視えているからか思ったよりも暗闇が怖くない、先程の吊橋の方が怖かった。吊橋の下に遠くとも水や地面があればまだ恐怖も和らいだのだろうか、着地点あるいは着水点が遠くに見えてしまのも怖いかもしれないけれど、やはり落ちたらどうなるかすら分からない恐怖よりは良かった、と思う。


 そんなことを考えつつ蹠で床を擦るように進めば、やがて穴が開いた場所へ辿り着く。地下へ続く階段だろう。滑り落ちて怪我をしてしまうとこの先の行動に支障が出るので、より慎重に階段を下りる。地下の空間は高さがないのか、階段は長くはなかった。それについて考えるのは、右手奥の塔と魔法館を結ぶ地下通路が橋から見えていてもおかしくはなかった筈なのにそれが全く見えなかった、ということだ。隠蔽工作がされていたとしても魔法素が見えていただろう。私が魔法素を視るのに限界があるのか、それとも魔法館の構造が物理法則を無視しているのか、この場所について疑問に思うことは尽きない。


 疑問は尽きないけれど、それでも魔法館の攻略が最優先だ。暗い中、広くはないだろう通路を進むと壁にあてていた手が扉らしきものに触れ、それを開けて中に入れば空気が変わった。魔法素も先程よりずっと濃いので、物理的には全く明るくはないのに壁の形が分かる。本館に入ったのは間違いないようだ。


 魔法館の地下階にはまだ罠が仕掛けられている筈なので此処も灯は点けずに進みたい。本館地下階は罠に加えて迷路状になっているけれど、壁の形は分かるし魔法素の流れの通りに進めばいつかは地上階への階段へ辿り着く。私はそのまま足を進めた。


 暗い中を歩いているので時間の感覚が分からなくなりそうなことだけが不安要素だ。考えることが尽きないので恐怖を覚える暇なく目的の場所に辿り着けるのは有難いけれど、私がこの場所に来てからどのくらいの時間が経過しているのだろう。既に向こうの時間が夜にでもなっていれば待たせている馭者に悪いと思うし、宮廷魔法導士様があの場所からいなくなった私を追うことを諦めているかどうかも気になる。諦めていてもいなくても、湖面上で待ち伏せしている、ということは魔法素量の関係で不可能だろうけれど。


 最短での道筋を辿ってはいたとしても、迷路状になっているので今までよりも歩く距離が長い。これを『復讐の魔女』は満身創痍でどうやって進んだのだろう。私のように流水魔法が使えれば湖面を移動した時のような手段が使えるけれど、『復讐の魔女』に使えるのは暗闇魔法以外は炎熱魔法しかなかった筈だ。……否、ローダネル伯爵のこともある、人智を超えたものが働いて15歳の私を『復讐の魔女』に仕立て上げるかもしれない。そうなると私が今までしてきた努力が水泡に帰す可能性も捨てきれなくなるけれど、何もせずに『復讐の魔女』になる可能性をそのままにしてはおけない。少しでも低く、出来るなら完全に潰す。


 そんなことを考えていると電光の光が強くなっているところに辿り着いた。


 恐らくは此処が階段、その上階が『聖光譚』での最終決戦の場、『魔女の魔法館』の地上1階だ。

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