第20話 エティの魔導秘法館 入口

 急速に水の冷たさが和らいだ。乗馬服の吸った水分が冷たく重いのは変わらないけれど、陸地にいる安心感がある。身を起こしてみれば白っぽい空が広がり、同じく白っぽい壁と、花が咲いているのが目に入った。


 冷えてしまうので乗馬服が吸った水分に魔法素を流して蒸発させてしまい、乾いた状態にしてから改めて周囲を見回せば、前世に存在したハスに似た花が咲く湖と、高くそびえる城塞の外壁の境にいることが分かる。


 前世に存在したハスのような、しかし花も葉も色がなく白っぽい植物が地平まで広がる湖に咲いている。よく見れば遊色効果を呈してはいるけれど、とても淡いので地色の白という印象だった。時折に動くので何事かと更に目を凝らせば、同じ色のチョウの様な生物が翅を動かしている。飛ぶ力はないのかあまり動かず、白っぽい翅に花と同じく遊色効果を呈してはいるけれどやはり見立たないので、ほぼ植物と同化している。色彩さえ整えれば楽園のようにも見えるだろうに、何処も彼処も白っぽい。

 『聖光譚』では、この場所は花弁は赤く茎や葉は黒っぽい植物が地平まで続き、怒りに燃えるような赤い空まで火の粉のようなチョウが飛び、黒い城壁に守られた焼石色の館が聳える、まさに『魔女の魔法館』だった。それが今はただただ白い場所、という印象しかない。此処の仕組みはどうなっているのだろう、と花とチョウとを眺めていると何もない空間に文字が浮かぶ。



化晶花(普人種による呼称:ロタシエ)

 魔法生物の一種、植物型。エティの魔導秘法館の壁外にのみ存在する固有種。魔法素によって色付き、吸収した魔法素を花弁に蓄える性質を持つ。魔法素が抜けると色も抜けるが再び吸収すれば色付く。

 茎から離れた花被は変質し、花弁が鉱物や金属のように硬質化する。時間経過で花被は再生する。

 テルフェに色と魔法素を与える代わりに種子を植え付けて増殖する。



吸色素鱗翅(普人種による呼称:テルフェ)

 魔法生物の一種、動物型。エティの魔導秘法館の壁外にのみ存在する固有種。成虫のみが確認され、卵や幼虫、蛹または繭の発見例はない。ロタシエから色と魔法素を吸い、活動源とする性質を持つ。

 魔法素が尽きると活動不能となり、翅以外はロタシエの種子の養分となる。

 活動停止して種子の養分となり、胴体が朽ちても色付いた翅は残る。鱗粉は色料となる。



 ……これは、所謂ところの鑑定という技能だろうか? 『聖光譚』でも主人公が使っている、というか、情報の閲覧画面として表示される。私がいるのは現実なので、画面ではなく空間に文字として浮かんだのだろう。


 何故に今まで表示されなかったのか、ということが気になる。元より持っていた能力であれば今までも浮かんでいただろうとは思うのだが、そんなことはなかった。未だエティの魔導秘法館に主として認識されてはいない筈なので、私が『復讐の魔女』になる可能性を知ったことに関係しているのかも知れない。


 気にはなるけれど此処で答えは出ないだろうから別のことを考える。知り得た情報を元に考察するならこの場所の『聖光譚』との差異は、『復讐の魔女』がエティの魔法館が主になった前後ということになる。『復讐の魔女』が主になれば、この場所があの様相を呈するのも無理はない。闇と炎を主張する、とても『復讐の魔女』らしい場所だった。


 そして私が主になれば、私の色に染まるのだろう。魔法素だけで様相が決まるなら、私が炎熱魔法の素養を持たないが故に漆黒に染め尽くされてしまう、という仮定も捨てきれないけれど、私はまだ『復讐の魔女』ではなく、『闇の魔女』と断定されてもいない。暗闇を分割して陰性にまで薄め、それに対応する魔法も習得した。


 大丈夫、と自分に言い聞かせながら壁の内側へ向き直る。


 白い壁に開けられた門から吊橋が架けられ、地面も湖水も何もない空間に佇む館の少し前まで伸びているのが見えた。魔法館本館は此方へ角を向け、入り口らしきものは見えず、4棟の塔に囲まれている。この塔を円く桁橋が繋ぎ、吊橋はこの橋へ架けられていた。


 これが『魔女の魔法館』であるエティの魔導秘法館。


 先代エティは147年も前に亡くなっているというのに朽ちることもなく存在している。


 『聖光譚』の情報によるとこの館は、門のある方を底辺とした正七角形の城壁、その内側に底辺同士を平行させる正方形に配置された塔、その4棟の塔を繋ぐ橋に囲まれ頂点を門へ向ける正三角形の形をしている。実際的には人が住むような形状をしていないように思えるのだが、エティの魔導秘法館は人が住むことを前提に設計されていない、もしくは何か魔法に関係する事情により設計されたのかもしれない。


 私は息を整えて門の中、吊橋へと足を進めた。

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