第17話 賭けの内容

「本日は宜しくお願い致します」


 王宮の応接室での謁見から翌々日、私は猟騎帽以外の乗馬服を着込んで町屋敷の出入り口に立っている。町屋敷に乗馬服が置いてあるか分からなかったのだけれど、探し回って漸く見つけたスカートタイプのものだ。この世界というか、この国では未だズボンタイプの女性用乗馬服が流行していない。


 玄関前に立つ私の知っ戦の先には馭者役のお方改め近衛兵のマクシミリアン・ロス・ブランズ様と、宮廷占術師兼宮廷魔法導士のロナウド・フォスター・フォウト様が王宮からの馬車を背にして立っていた。


 宮廷魔法導士様はある侯爵家の縁者であり、巫爵位を叙爵された為に離縁した宮廷占術師長である。私を『光の聖女』と宣言したのもこのお方だ。お忙しい身の筈なのに陛下の言い出した賭けに駆り出されたらしい。私が宣言を覆した為か、それともこんな小娘を相手にしなければならないからか、その表情は不機嫌に見える。


「宜しく、と言ってしまって良いのでしょうか」


 本日の近衛兵様は馭者役ではないようで、騎士服を着て帯剣していらっしゃる。陛下の許可なくこの場にいるとは思えないけれど、近衛兵の業務は良いのだろうか。国内屈指の炎熱魔法の使い手である陛下が簡単に窮地に陥るとも思えないし、所詮は一介の伯爵家の令嬢でしかない私にどうにも出来ることではないからこれ以上は考えないけれど。


「敵、とまではいかないでしょう。対戦相手ではありますけれど」

「ならばそのように対応させていただく」


 宮廷魔法導士様は短く言って私を見る。魔法使いらしく外套を羽織り長杖を携えていらっしゃるけれど、その下に着ているのは乗馬服だ。本日の目的に合わせて動き易さ重視で選んだのだろう。まじまじと暫く私を眺めた後、踵を返して馬車に乗り込んでしまった。


「お気になさらず。誰に対してもあの様子ですので」

「そうなのですね」


 近衛兵様は苦笑される。不機嫌な様子の宮廷魔法導士様に対してか、あまりにも淡々としている私に対してかは分からないけれど、深く追求するような問題ではないから、私は何も言わない。


「では、これより開始で宜しいでしょうか?」

「──はい」


 一礼した後に私は我が家の馬車の方へ乗り込んだ。行先は湖、先日に陛下が向かっていた平野の先にある。


 陛下が提案した賭けとは、私が追跡者を振り切ってエティの魔導秘法館へ辿り着き、その主人と認められたなら私の出入国自由の自由を認める、というものだ。この賭けは一度限り、次からの追手はつけない、と言質も頂いている。しかしもし、私が道中で追手を振り切れなかった場合はエティの魔導秘法館の行き方を知られてしまうことになるし、その上で主人の座を奪われてしまうかもしれない。互いに相手への攻撃は禁止、妨害行為も殺傷に繋がるようなものは禁止、とやや私に不利な賭けではあるけれど、出入国自由の権利の重大さを考えればそれでも安いとしか言いようがない。


 なので私は賭けを受ける、と陛下に即答した。


 その対戦相手が宮廷魔法導士様であり、その補助が近衛兵様だと知ったのがつい先程のこと。


 それでも普人種が相手ならば私の選ぶ方法は変わらない。


 エティの魔導秘法館への行き方は複数ある。その中で流水魔法の使い手にとって最も都合の良い方法が湖、より正確に言うと水量と水深がある場所が必要だ。王都に最も近い湖はそこまで大きいものではないし、深さもそれ程ではないけれどエティの魔導秘法館へ行くには充分だろう。宮廷魔法導士様は恐らく流水魔法の使い手ではない、という打算もある。私が流水魔法の使い手だと知っていて対策している可能性はあるから油断は出来ないけれど。


 私は一つ、息を吐く。


 『復讐の魔女』は恐らく偶然にも、炎熱魔法の使い手に都合の良い行き方をしたのだろう。


 対象への親和性のある魔法素を多く持つ者が、その事象の内で心に誓うものを誰にも知られずに宣言する。

 それがエティの魔導秘法館への行き方だ。

 私が生存へ執着するように『復讐の魔女』はその名の通り復讐に執着したのだろう。熱量を持つ存在が炎に例えられることから、『復讐の魔女』は復讐を誓うことにより炎への親和性を得て、その魔法素を吸収、あるいは奪い取り、自分のものとして、復讐を宣言してエティの魔導秘法館へと至る。

 私はそう考えている。


 とても真似は出来そうにない。

 そもそも炎に巻かれる、なんて回避したいことだろう。だからこうして主として陛下相手に立ち回り、その過程の初期段階で私は炎熱魔法を諦めてしまった。恐らく今の私が火炙りになったとしても、もう炎熱への親和性は得られない。代わりに得た流水魔法を始めとする陰性の魔法でその場で報復させて貰うだろうけれど、それは報復でしかないし、それ以前に私に害を成そうとするのなら誓約書の魔法が発動して実行前に陛下の血が流れるだろう。


 あの誓約書に署名を頂いた時点で、『復讐の魔女』は生まれない。


 あとは『闇の魔女』を消し去るべく暗闇魔法の使用を私自身に禁じ、もし式典でそう鑑定されてしまっても生き残るべく尽力するだけ。


 決意を新たに、私は見えてきた目的地を見据えた。

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