第16話 何者。

「夢で、私は『復讐の魔女』でした」


 茶杯が受け皿にあたる音が小さく響いた。


「陛下が私を処刑し、私はその報復として陛下を殺すのです」


 『光の聖女』候補とされたのに15歳の式典で『闇の魔女』とされ、陛下より両親共々の即処刑を言い渡され、ローダネル伯爵が魔女とその母を見捨てた後、生き延びた魔女は陛下とローダネル伯爵へ復讐を果たすべく『復讐の魔女』となり、エティの魔導秘法館に潜伏し、機を窺い、陛下とローダネル伯爵へ復讐を果たし、逆賊として『光の聖人/聖女』率いる有志により討たれる、それが私の物語だ。

 魔女が生き残る確率は多くても5割かと考えているけれど、万が一にもその状態になった時に生き残れるように私はあの日から努めてきた。だからもしそうなれば、今の私は必ずや生き残り、私を殺そうとする者を返り討ちにする、してみせる。

 私は何の感情も温度も乗せないように努めて、つらつらと物語の内容と、それに基づく私の考察を話す。


 陛下を窺い見れば顔面蒼白になっている。魔女と誓約書を交わしてしまった、などと不祥事でしかないのだから当然のことで、何としてでもなかったことにしてしまいたいと考えていることだろう、させないけれど。


「……お前が、あれ程に誓約書の署名に拘っていたのは」

「私の生命を何としてでも維持したかったからに他なりません」


「お前が魔導秘法館を欲するのは」

「万が一の際に私の逃げ場を確保する為です」


「────………………」


 私の顔を見て話を聞いていた陛下は再び頭を押さえて俯き、今度は完全に沈黙してしまった。


 完全に私の処遇をどうしようか分からなくなってしまったらしい。可能なら『聖光譚』、陛下にとって私が見た夢の通りに処刑してしまいたいのかもしれない。しかし署名がそれを許さないし、先の戦闘で私が流水魔法を使うこと、その上で他の魔法も使えるとなれば、既に捕らえることすら一筋縄ではいかない、と考えてもいるだろう。私に過失がない限りローダネル伯爵夫妻、あるいは我が家の使用人への攻撃も私への精神攻撃と取るので人質を取られる心配もない。


「……お前は」


 陛下が口を開く。


「夢を見た時から、我も、我が国も信用が出来ないのだな」


 言われて返答に迷う。肯定しては明らかな不敬だけれど、手放しで信用し得るかと問われたら、もう肯定は出来ない。あの夢を見るまで、私は確かにこの国の住民で、光の神を、次いで炎熱の神を信仰し、次期ローダネル伯爵となることに微塵も疑いを持たなかった。


 けれどその私には、もう戻れない。


 戻ったら、魔女として処刑されてしまうから。


 今度は私が沈黙してしまうと、陛下が重々しく溜息を吐いた。


「信用ならない相手であれど、我と我が国がお前を裏切らない限り、お前も我と我が国を裏切らないのだな」

「──はい」


 その言葉に対しては確かに肯定する。保証までしていただいたのだからそうする理由はない。


「ならばもう、魔女は生まれない、としても差し支えないな」

「そう、ですね。『復讐の魔女』は」


 陛下が私を処断しなければ復讐は生じることすらない、即ち『復讐の魔女』が生まれることはない。しかしまだ『闇の魔女』と鑑定されてしまう未来は残っている、陛下が私を処断しなくても陛下に連なる誰かが思い込みから独断で私を攻撃する可能性は消えていない。


「もし、お前が『闇の魔女』と鑑定された場合は厳重に秘匿することとする」

「……可能でしょうか」

「まだお前の誕生日には時間があるだろう、何か手を考える」


 また一つ、溜息を吐いて陛下は顔をお上げになった。


「この国の機密情報を他国に漏洩させない限り、出入国自由の権利を認めよう」

「ありがとうございます」


 肩の荷が降りた心地がする。まだ正式にエティの魔導秘法館を手に入れた訳ではないけれど、一段落は着いた。帰ったらエティの魔導秘法館の攻略の為の準備をしなければ、と思考をそちらに取られた直後、


「但しこの賭けは受けて貰う」


ニヤリ、と笑った陛下に思い切り眉を顰めてしまった。

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