第14話 謝礼と謝罪

 馬車もなしに町から離れた場所から歩いて帰って来るのはかなりの疲労になった。陛下や目を覚ました馭者役のお方は鍛えているけれど、貴族令嬢が身体を鍛えていることは非常に稀だし、何より靴が長距離を歩くようには作られていない。私も例に漏れず身体を鍛えてはいなかったし、靴も装飾の多いものを履いていた。

 夜間に令嬢を連れ出した先で馬車が大破、馬は逃げてしまい、人力で運ばれるのは私自身が拒否したのでこういう結果になったのだが、護衛の自分が真っ先に倒れ、戦闘は私一人で何とかしてしまい、運ぶのを拒否された上に靴の所為で私は足が疲労し、靴擦れまで起こしたので馭者役のお方は罪悪感で死にそうな表情になっていた。私が私の目的の為に戦って、運ばれるのを拒否した上で靴擦れを起こしたのだけなのだから、気に病むことなんないと思うのだけれど、そういうわけにもいかないのだろう。難儀なものである。


 因みに魔王は陛下が連れ帰った。魔王も正体が発覚した以上は大人しくせざるを得ないようで、王宮へ戻ったら誓約書に署名するから今は永らえさせてくれ、と自ら言い出した。どうなるかは分からないけれど、暫くは何事も起こらないのではないか、と私は考えている。


 町屋敷に帰って来たのが馬車に乗った翌朝、その一日をおいて私はまた王宮に呼び出されている。正直に言うともう一日くらい開けて欲しかったくらいには疲れていたのだけれど、陛下としては魔女の疑いがある私を放置しておくわけにもいかないのだろう。昼過ぎ頃に迎えの馬車が来て、その迎えに対して厳しい顔をした侍女に見送られて私は王宮へ向かい、そして先日の謁見とは異なる部屋に案内された。応接室のように低いけれど豪奢な卓と、革張りの椅子が置かれている。卓の向こうには大きなガラス窓があり、外が見えるようになっていた。


「お掛けになってお待ちください」


 案内役の騎士はすぐに下がって行った。部屋の扉近くには王宮付の侍女が私からの要望があればすぐに対応が出来るように控えていて、私が椅子に着くなり香茶と茶菓子を卓上へ運んできた。丁寧な仕草と言動だけれど見張りを兼ねているのだろう、魔法素の気配が濃い。しかし見張られているとしても顔色の悪い相手と相対しているよりはずっと良い。気取られないように小さく息を吐いて、私は卓上の香茶と茶菓子を見る。

 香茶は湯気を立て、良い香りが鼻をくすぐる。茶菓子は王都では有名な菓子店のものだろうか、皿に盛りつけられた焼き菓子はとても上品だ。食物や飲料の提供は相手に対する持て成しの基本中の基本で、とても美味しそうな香茶と茶菓子は歓迎の表れだけれど、陛下が誓約書に署名してくださらなかったら私は絶対に手をつけなかった、とも思ってしまう。それは相手に気を許していないことにもなるし、相手の歓迎を踏み躙ることにもなる。王族からの歓迎を真っ当な理由もなくそんな扱いにしては不敬罪に問われても仕方がなかっただろうけれど、私ならそうしたに違いない。


 私は静かに香茶に手をつける。香りは勿論だけれど、舌触りがとても良い。茶葉は何処の物だろうか、煮出すお湯の水質が良いのだろうか、温度や時間がどのくらいが良いのだろうか。そんなことを考えながら窓の外を見る。外が見える、ということは外からも見える、ということだ。前世でのマジックミラーのようなものであれば話は別だけれどそのような加工はされていないように見えるし、魔法素の気配もない。防弾の加工くらいはされているのだろうか。見栄えは良いけれど、防犯面は心配になる作りだった。


「待たせたか」

「いえ」


 私が窓の防犯について考えながら香茶を飲み干すか否かのところで、陛下がいらっしゃった。私はすぐに立ち上がり、頭を下げる。陛下は合図で侍女を下がらせ、私の頭を上げさせた。陛下が向かいの椅子に着いたので私も再び椅子に座る。


「まず、先日に我が生命を守った礼を言う。そして何の根拠もなく魔女と疑った謝罪をしたい」

「えっ?」


 真っ先に私が何者かを問い質されると思っていたからあからさまに驚いた表情をしてしまった。それに対して陛下はきまりが悪そうに目を反らされる。


「……自分を護った相手に対して労いの言葉もなく疑いばかりをかけるとは何事か、と、マックス……、あの馭者にこっぴどく叱られてな。それがマリアの……、妻の耳に入って更に叱られた。まず何をおいても謝罪と謝礼をしろ、と2人から言われた、全くを以てその通りなのだが。……謝礼と謝罪、受けて貰えるだろうか」


 私は私の目的があったから陛下をお守りしたから、謝罪はともかく謝礼は要らないというか、既に支払われているようなものなのだけれど。


「国王の生命を安く見積もってくれるなよ? 先の署名では全く足りん」


 私の考えは顔に出ていたのか、先に陛下に釘を刺された。確かに老衰でもない国王の崩御、まして昨日のような不測の事態でのご逝去ともなれば王宮どころか国中に大きな不安をばら撒くことになる。なるほど私は相応の働きをした、ならば何かを貰っても後ろめたさはない。


 それにしても陛下に意見するとはあの馭者役のお方は何者なのだろうか。


「馭者、もう察しておろうが近衛兵のマクシミリアン・ロス・ブランズは我が再従兄弟だ。ブランズ公爵家は知っておろう、そこの末弟だ。彼奴も近々に礼をしたいと言っていた」


 私の疑問は早々に解決されたのに、不要な考え事が増えた気がする。


「礼は不要です、とお伝えください」


 ある意味では見放していたようものなのに礼をしたいと言われても困る。


「ならん。彼奴の職務怠慢をお前が肩代わりし、生命も守り抜いた。礼をせねば彼奴の顔も立たぬ」

「気絶したのを起こさずに放置したにも関わらず、ですか」

「見殺しにする選択はあった筈だ」

「生きてくださった方が私にも都合が良かった、と解釈していただければ」

「それを抜きにしても、お前が彼奴の代わりに戦ったことは事実だろう」

「馭者として外にいましたし、相手が相手だったので気絶したのは致し方ないことかと」

「彼奴とて魔法も使える衛兵だ、我等が防げたものを防げなかった言い訳はさせん」

「…………」

「ついでに彼奴不在で新たな近衛兵を教育し、雇う時間と費用も浮いたことになるな」

「………………」

「公爵家の面子の為にも貰ってやれ」

「……………………有難く頂戴致します」


 私は渋々だけれど頷いた。


「希望はあるか?」


 私一人だったなら間違いなく頭を抱えていた。陛下の御前だから出来ないけれど。

 気持ちを切り替えよう。私は相応の働きをしたのだからこの際、陛下やブランズ公爵家からしか頂けないものを要求しても多少は許される。となれば。


「……この先は署名の範囲内でお願い致します」


 私の言葉に陛下は頷いて何らかの魔法道具を起動させた。


「盗聴防止の道具だ。今のところ他に署名したものはいない」


 未成年とはいえ令嬢と男性が2人きりという状況が拙いので扉は開きっぱなしになっているし、恐らくは部屋の外に衛兵が待機している。道具が陛下の言った通りの物か私には分からないけれど、誓約書の署名がある限り余人に聞かれて困るのは私だけではなく、陛下も同じだ。言葉は信じて良いだろう。私は首肯した。


「──私個人の無条件出入国自由の権利をいただきとうございます」


 私の要望に陛下の表情が凍る。

 それはそうだ、他国に貴族令嬢である私が持っているこの国の情報をばら撒かれる恐れがあるのだから。


「いや待てそれは」

「陛下がご存命の限り戸籍はこの国に置かせて頂きますし、他国に我が国の機密情報を伝えない、と署名も致します」

「…………目的を話せ」


 私が何故にこの国の国境を自由に越えたいのかというと。


「エティの魔導秘法館を私の所有にしたく存じます」

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