第13話 何者?

 『聖光譚』2周目、1周目では影が薄かった第二王子殿下が主人公に話しかけてくるようになり、交流を深めていくと時折に試すような問いかけまでしてくるようになる。1周目では仲間にならない登場人物が2周目で仲間になるのはよくあることでもあるけれど、この第二王子殿下は1周目ラスボスの成り済ましなのだ。


 通常のラスボスは固定で所謂ところの魔王である。他種族に侵攻を仕掛ける魔人種の頂点であり、普人種を含む5種族が崇め敬う光と対立する闇の支配者の1人で、正体はヤギを体毛ではなく黒い鱗で覆い、蝙蝠の飛膜のような翼を生やした二足歩行の生物だ。母である妃殿下と共に馬車での移動中に野盗に襲われ、その際に命を落とした第二王子殿下の姿と記憶を写し取り、入れ替ってイェンメルフォード国内、そして王宮へ潜入し、そのまま潜伏している。

 懐柔して仲間に出来るのだけれど、2周目以降とは言えほとんどの場合で物語終盤なので彼が戦闘に参加可能になるのはラスボス戦の後、つまり裏ボスと隠しボス、もしくは2周目ラスボス戦までの間だけ。分岐の物語に恋愛はなく、代わりに主人公だけが執着された場合に起こる『拉致』という物語があるのだけれど、私にとって重要なのはそんなことではない。


 彼がラスボス戦より前に懐柔された場合に起こるのが『復讐の魔女』の物語なのである。


「貴様、何者だ? 何故に吾輩が魔人種と知る?」


 既に私が火炙りになることはない。陛下によって保証されたということは陛下が生きている限り、国内の誰もが私を『闇の魔女』として処刑は出来ないからだ。だから私が何者かなんて、私にも答えられない。だから無視して答えない、という手でやり過ごしてしまいたかったのだけれど。


「それは知っておきたいな、答えよ」


 陛下に問われては嘘も吐けないし沈黙も許されない。


「陛下以外の方がいらっしゃるこの場ではお答え致しません」

「やはり魔女、なのか」


 時間稼ぎにも限界があるようだ。違う、とは言えないし、沈黙の長さは不信感を生む。しかし馭者役のお方が目を覚ましている可能性があるし、魔王は確実に聞いている。


「あの者は如何されますか?」

「…………」


 私個人としてはこの場で始末しても問題はないけれど、陛下の立場を考えればこの場で魔王を処断してしまうと第二王子殿下不在の言い訳が身内にすら難しい。しかも妃殿下が野盗の襲撃から共に帰ってきた第二王子殿下をとても可愛がっていらっしゃることは貴族の間で有名な話だ。魔王だからと処断し、理由を告げるか否かはさて置き第二王子殿下を失い悲しむ伴侶の顔を、愛妻家である陛下としては見たくないだろう。

 ただし生かしておいても問題しかない。相手は魔人種の王、つまりは普人種を含む5人種の敵、その筆頭の1人なのだ。普人種の国の筆頭としてそれを生かしておく理由を考える方が難しい。『闇の魔女』を処刑すると即断した陛下なら尚更だろう。


 陛下は沈黙してしまった。即断された私としては少し面白くないのだけれど、誓約書を見て溜飲を下げる。この誓約書がある限り相手がこの国の陛下であっても、もう私が殺されることはない。


「……あの者は懐柔が出来ますよ」


 魔王と陛下が同時に目を見開いた。

 国や世界規模で見れば『復讐の魔女』以外の脅威は未だ消えていない。

 言うまでもなく裏ボスと隠しボスである。魔王以外のボスは懐柔が出来ない。裏ボスや隠しボス戦うことになるならば、懐柔して味方になった魔王は強力な戦力になる。これは魔王を生かす理由になるだろう。


「それは、本当か」

「懐柔するのは私ではないので、『光の聖人』か『光の聖女』次第になりますが」

「お前では出来ないのか」

「私の役目ではないので」


 私自身が魔王を懐柔する気はない。魔王は懐柔された場合に『光の聖人/聖女』の仲間として『復讐の魔女』と相対する。私は私と敵対する可能性のある者の近くにいる心算はない。


「貴様は、何者なのだ」


 魔王が再び話しかけてくる。陛下も先を促すような視線を向けてくるけれど。


「誓約していない方にお教えすることはありません」


 結局のところ、私はこの場で何かを答えることはなかった。

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