第12話 署名と決着
黒い球体が陛下と馭者役のお方、そして私に向かって放たれる。どう見ても暗闇魔法なのだが、もう隠す気はなく、この場で全員を殺す心算だという理解で良いだろうか。
数も多い。わざと外して後方から不意打ちやら挟み撃ちやらをされるのも嫌なので全て流水魔法で叩き落としているのだけれど、水はあっても私の魔法素がどれだけあるかが分からない。
相手の魔法素はきっと多い。夜という時間帯も暗闇魔法に有利に働く。夜の暗さは尽きることがなく、次々に球体を作り出しては此方へ飛ばしてくる。恐らくは先程に馬車を塵にした魔法だろう、一つでも当たれば大変なことになる。
息を吐く。水を流動させるにも、迎撃するにも魔法素を使う。魔法素の使用は最低限にしなければならないのだけれど、水を使う以上はどうしても魔法素の使用量は嵩む。土地魔法に切り替えるべきかと考えるけれど、振動か何かを感知されて対処されてしまうと私の手の内を晒すだけになる、流水魔法だけで何とかしたい。
黒い球体が私に飛んでくるのを払い落し、それに隠れて陛下へ飛ぶ球体を防ぎ、隙を見て馭者役のお方へと向かう球体を叩く。球体を消滅させた流水魔法がただの水に還るところに新たに魔法素を注ぎ足し、流水魔法として迎撃に使う。迎撃と魔法素補填の繰り返しだけれど、それに必要不可欠の魔法素は確実に消費する。
相手を拘束してしまいたいのだけれど、それを相手が逆手にとって王族への攻撃として陛下に訴えかけられても都合が悪い。陛下にも我が子への愛情はあるだろう、私への不信感が増すだけだ。
「〈忌々しい女め〉」
相手がやはり知らない筈だけれど通じる言葉で何事かを呟いている。
「……先程から国外の言葉で何かを仰っていますが、第二王子殿下は外国語に明るいのですか?」
無礼とは思うけれど相手から視線を外せず、振り返りもせず陛下へ直門する。
「……いや」
陛下は私の問いに短く、そして重苦しくお返しになる。ギリ、と歯噛みし、羽ペンを握りしめ、私へ睨むには弱い視線を向け、それから悲しそうな目で攻撃を止めない相手を見た。
「──署名すれば、真実を語るのだな?」
「はい」
「お前は、この国を裏切らないのだな?」
「この国が私を裏切らない限りは」
この国への、そして血族への愛情が深いお方だ。だからこそ、国の脅威になりかねない『闇の魔女』とその父母を火炙りにすると即断したのだろう。火炙りになる方からすれば堪ったものではないけれど、他の国民からすれば真っ当な判断だ。
当人なので繰り返させて貰うけれど、火炙りになる方からすれば堪ったものではない。
「〈させると思うな〉」
やはりこの場で全員を殺す心算らしい。黒い球体の数が増え、周囲にばら撒かれる。
冷や汗が背筋を伝った。これを防ぎきらないと死ぬ、そうでなくとも汚名を被せられた上で投獄されるか、やはり処刑されるだろう。
恐らくは触れたものを消し飛ばす暗闇魔法。何処に当たるかにもよるけれど一つでも当たれば致命傷を負いかねない。これだけの数を流水魔法だけで何とか出来るとは思えない。土地魔法を併用してもかなり厳しい、というかこれを突破する方法が浮かばない。金鉱魔法は使えないし、使えてもやはり良い方法は思い浮かばない。盾は他方向からの攻撃を防げないし、盾を球体にしても複数回の攻撃に耐えられない可能性が高い。その上に流水魔法でないと視界が塞がれるけれど流水魔法は盾のように固定することに向いていない。水を固定するならば──……。
「〈ほう、やるではないか〉」
球体の盾で私と陛下、そして馭者役のお方を覆い、水を凍らせて固定する。氷結魔法、という名称だっただろうか。冷性としての陰性が増して使いやすいが固体を変形させるならば使用する魔法素は嵩む、そう考えれば使用する魔法素はそう変わらない。視界を確保したまま防いだけれどやはり複数回の攻撃に耐えられるかは分からないし、長時間の使用は盾の中の酸素濃度に影響しかねない、そして思ったよりも盾の内側が冷える。早急に何か別の手段を──……。
「レナ・ウィル・ローダネラ」
名前を呼ばれて視線だけを陛下へ向ける。
「署名した。話せ」
差し出された魔法の誓約書を受け取り、攻撃を防ぎながら書面を確認する。
1.乙が甲に過日に見た夢の内容を嘘偽りなく話す限りにおいて甲は乙の生命を保障する。
甲は直接的あるいは間接的に乙の心身を害さないことも併せて保障する。
2.甲は乙の許可なく第三者に乙が過日に見た夢の内容を話すことはない。
話す場合に第三者も他者に許可なく話さない誓約を書面にてすることを約束する。
3.条件1.及び2.が破られた場合は血を以て贖うことを約束する。
4.乙が話す内容によっては追加で褒賞を用意する。
甲 アーサー・グローリオ・レウス・イェンメルフォード
乙 レナ・ウィル・ローダネラ
文面が変更された、なんてこともなく、陛下がご自分の名前の綴りを誤魔化した、なんてこともない。
魔法が発動されたことを示すように書面には魔法陣が浮かび、淡く発光している。
これで私の生命は保障された。
思わず口の端が歪みそうになるけれど、今はそんな状況ではない。私に話させまい、と黒い球体の数が増し、氷の盾に罅が入る。まずい、突破される、と血の気が引いたにも拘わらず、この期に及んで私は死ぬ覚悟なんて決められなかった。
この場で死ぬのも、汚名を被せられて処罰されるのも、絶対に嫌だ。
私は生き残る為に此処にいる。
「……!」
罅が広がり、氷が砕ける音が耳に入った時、私の生存への執着か、浮かぶものがあって視線を落とす。
一歩間違えれば疑われかねないけれど、私について問い質されたら既に言い逃れ出来ない状態でもある。ならば、とスカートで隠れた足元へと魔法素を流し、流し込んだそれを罅へ伸ばし、そこから相手の攻撃へ接触させる。
「陛下」
ズルリ、と相手の攻撃から私の影に魔法素が吸い取られる。
「陛下にとって悲しい事実をであることを、先にお伝え致します」
「……構わん、告げよ」
吸われたそれは影から私へ届き、私の内で私の魔法素となり、再び影へ送られ、影は黒い球体に触れてそこから魔法素を吸い上げる。
「──第二王子殿下は既に彼方へと旅立たれております」
「〈貴様、やはり暗闇魔法の使い手だったか!〉」
「〈いいえ、これは陰影魔法です〉」
「!?」
最早、氷の盾を維持する必要はない。私が突然、向こうの使う言葉を話したからか、驚愕により僅かだが攻撃の手を緩めた相手へと影を伸ばす。
「〈クソッ〉」
周囲にある黒い球体から魔法素を吸い上げながら迫る私の影に相手は逃走を選択したようだけれど、追いついた影で相手の足を取り、転倒させ、相手から魔法素を吸い上げて影と、念のために氷も使って拘束する。
逃がす訳にはいかない。何故ならば。
「あの者は第二王子殿下に成り済ました、魔人種の王の1人です」
相手は1周目からそれ以降に渡る通常のラスボスなのである。
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