第11話 襲撃者

 急停止した馬車に何事か、と陛下が筆を持つ手を止めて書面から顔を上げる。


「陛下」


 恐らくは謁見の際に王座に座っていた近衛兵のお方だろう。今日は馭者役らしい、器用なお方だ。


「ダニエル殿下がお見えです。……あの、何故かお一人で」


──今来るか


 私は思い切り眉を顰めた。


「陛下」


 今度は私が口を開いた。


「今いる此処が何処か確認をしても宜しいでしょうか?」

「……町から少し離れた平野に向かう道だ」


 恐らく王城に私を招くことなく馬車の中で話をつけ、そのまま町屋敷に送り届ける心算だったのだろう。それは構わないのだが、雲行きがかなり怪しくなってきた。


「何故そのような場所に第二王子殿下が?」


 ダニエルは第二王子の名前だ、珍しい名前ではないが馭者役の近衛兵のお方が殿下と言ったのだから第二王子で間違いないだろう。そんな場所に王族の方がいらっしゃるのが、まずおかしい。


「…………」


 今の状況と私の表情で陛下は私のお伝えしたいことに第二王子殿下が含まれていることに勘付いたかもしれないが、決定的なことは署名が得られるまで伝える心算はない。そうなると最悪の展開は。


「──この場で全員殺され、私が陛下と馭者役のお方を殺害した濡れ衣を着せられ、あの者が国民の支持を得る、ですか」

「何?」

「父上!」


 声変わりしたばかりのような少年の声と共に馬車が破壊された。魔法による攻撃、罅すら入る前に車部分が塵と消えたのだから恐れ入るが、私は持ってきた水を盾のように操作して攻撃を防ぐ。陛下も炎熱魔法で攻撃を相殺していたが、外にいた馭者役のお方は防ぎきれずに倒れていた。息はあるだろうけれど、確認している隙はない。


「騙されてはなりません、その者は魔女です!」


 第二王子は今年の終わりに14になる筈で、学年は私より一つ下、『光の聖人』か『光の聖女』と同い年だ。馬車を破壊した相手はそれ相応の幼さの残る少年の姿をしている。夜に紛れそうな黒い髪に、夕暮れを過ぎたこの時間でも分かる紅い眼、王族の方々に相応しい豪奢な服は馬車を追ってきたにも拘わらず乱れ一つない。


「私が魔女か否かはさておき」


 水を操作して周囲に浮かせる。留めては置けないので不規則に流動させながら私は相手を見た。


「馬車ごと破壊するなんて、私諸共に陛下を殺害する算段だったのでは」

「言い掛かりだ! 父上、魔女は父上を誑かし、国を陥れる心算なのです! だから私がこの場で」

「どうやって、ですか?」

「何だと?」


 質問が予想外だったのか相手は顔を顰めた。


「どうやって陛下を誑かし、国を陥れる計画なのかお聞きしています。まさか何の考慮も証拠もなく私がそのような謀反を企み、実行しているとおっしゃっているのですか」

「証拠……、証拠なら、お前に強い闇の魔法素がある!」

「暗闇魔法を使ったことなどないのに何故、私に闇の魔法素があると言うのですか?」

「それは……!」

「そして闇の魔法素がある、というのなら、その言葉はそのままお返し致します」


 この国の馬車は基本的に木製で、普人種は炎熱魔法の使い手が多くこの国に限らず普人種の王族ならば炎の魔法素を多く持っていることが多い。普人種の国の第二王子が木製の馬車を攻撃するのなら、どう考えても炎熱魔法が使われる筈だ。なのに馬車は炎熱魔法ではなく別系統の魔法で攻撃された。

 攻撃による馬車の破壊のされ方もおかしい。炎熱魔法なら燃えただろう、風樹魔法なら朽ちるように壊れただろう、土地魔法なら地割れを起こしただろうし、流水魔法なら中の人間を押し流すか溺死させる方が早い。他にも魔法の系統はあるけれど、人によく使われる魔法はこれらの系統かその変化系統、あるいは複合系統が多い。一瞬で馬車の部分を塵にする魔法なんて。


「今、馬車を破壊したのは暗闇魔法でしょう」


 科学知識があれば風化という現象を高速で再現した、と言えなくもないが、この世界での風化は経年劣化としか思われていない。時間を操る魔法は人外のもの、という認識が強いこの世界の共通認識により風化を再現しようなんて魔法使いは恐らく、いない。それならば私達が乗る馬車を破壊したのは、単純な破壊を齎す暗闇魔法の一種だと推測出来る。


「ダニエル……?」


 私の言葉に、陛下は茫然と相手を見ている。


「陛下、署名さえ頂ければ私は嘘をお教えすることがなくなります。私の発言に信用を得る為にも、署名前に何かを告げることはありません」


 告げる内容の信用を得たいのもそうだけれど、署名前に言うと私が侮辱罪でやはり処刑される可能性も否定出来ない。ハ、と我に返った様子の陛下に再び魔法による攻撃があったが、私が流水魔法で防いだ。


「……つまりその誓約書さえなければ、父上は魔女の手に堕ちることはない、と」

「誓約書を狙った、のではなく、陛下を狙ったように見えましたが」


 陛下は迷っていらっしゃる。私が魔女だなんて考えもしなかったのだろう。もし本当に私が魔女であり陛下と国を陥れる心算ならば、この署名は致命的なものになる。魔女になる心算はないけれど、こればかりは先のことなので何も言えないし、陛下に私を信用して頂くしかない。

 そして陛下に署名して頂くまで相手を攻撃せずに、私が迷っていらっしゃる陛下と気絶した馭者役のお方を護りきらなければならない。馭者役のお方が気絶しているのは良いのか悪いのか判断が難しいけれど、相手を護ろうと私を攻撃してくる可能性も消えないので良しとしておこう。


 息を吐く。水は瓶の分と周囲の水蒸気があるし、街道横には土もある。金鉱魔法は手近に金属が少ないので充分とは言えないけれど、やるしかない。


「〈邪魔な女め〉」


 相手が忌々し気に、知らない筈の言葉で小さく呟いた。

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