第10話 会話と書面
『王座に座るお方は近衛兵、鎧のお方が国王陛下。この場にいる方々が知っているか否か分からないので筆をお借り致しました。お伝えしたいことがあるのですが、それについては更に人を選び、また私の生命を保証して頂きたく存じます』
これが私が国王陛下へお伝えした内容だ。陛下は、告げる内容が私の生命を脅かすから言わなかった、と思われるかもしれないけれど、お教えすることで危ないのは私より王族の方々だ。私はそれを先んじてお教えする代わりに私の命を保証して頂き、1年後の火炙りを逃れる算段である。それが上手くいく前に発覚したら火炙りが前倒しになる可能性も否定は出来ないので、ことは慎重に運ばなければならない。
一つ間違えれば私の生命が危ぶまれる、生き残ることは命懸けだ。
「このような恰好での謁見、大変な失礼を致します」
内心で覚悟をし直しつつ、馬車の中で向かいに座る幻覚を解いた御方に頭を下げる。直視も失礼にあたる、何故ならば。
「良い、許す。顔を上げよ」
言われたので顔を上げれば目に入る、燃えるような赤い髪に同じ色の髭を蓄えた青い眼のこの御方こそが、イェンメルフォード国王であるアーサー・グローリオ・レウス・イェンメルフォード様なので。
「何故に気づいた?」
「幻覚に流水魔法の系統をお使いになられていたので」
「なるほど。普人種には珍しい流水魔法の使い手だったか」
正確に言えば流水魔法だけの使い手ではないけれど今はそれを黙っておくことにして。
謁見の際、私には陛下と近衛兵の方との顔の周囲がぼやけて見えた。先程の迎えの時にも似たように見えたので同じ幻覚作用のある魔法を使っていたようだ。
幻覚作用のある魔法には幾つか系統があるけれど、普人種の使い手に最も多いのが炎熱魔法、次に土地魔法なので発覚の恐れが低い流水魔法の系統を使ったと考えられる。陛下自身も炎熱魔法の使い手だったと記憶しているけれど、他人か道具かを使ったのだろう。今回は私が流水魔法も使えるので当てが外れたけれど、王族なのだからその程度の手段は持っていて当然だ。
「光の聖女でなくとも人材として欲しいな。宮仕えする気はないか?」
「今回の件の次第で考えさせて頂きます」
口ではそう言ったが正直なところ、ない。
『聖光譚』の情報を得てから私の価値観に変化があった。確かにあの日より前の私には王族に仕え王宮で働くことは魅力的だったけれど、私を殺す可能性がある者の傍に居続けなければならない宮仕えをしたいとは思えない。
「ないのだな」
ふぅ、と陛下はあっさりと諦めたように息を吐いた。宮仕えがしたければここぞとばかりに売り込んだだろうから、そんな気がないのはあからさまだったのだろう。王族に対してやや不遜な態度だったかもしれないが、実際にないので気を持たれても困る。私はただ黙っていた。
「まぁ良い。して、お前の伝えたいこととは何だ?」
「先に私の生命を保証して頂きたく存じます」
さっさと本命の話を切り出した陛下に、私は返す。これだけは譲れない。
「必死だな。余程のことか」
「私と陛下との余程のことが同じとは思えませんが、こればかりは陛下にとっても大事と愚考致します」
言葉通りに余程のことは同じではないのだが、それも黙っておく。それが知れても生命を保証して頂いた後ならばどうとでもなる、あるいはどうとでもする。
「……分かった。欲しい条件を言え」
「お聞きになるのは陛下のみでしょうか?」
「そうだ」
「それを含めて書面に残して頂きたいのです」
「周到な娘だな」
「誉め言葉として受け取らせて頂きます」
いっそ呆れられただろうか。私の望みが叶うならばそれでも構わない。陛下は私の要望を予想していらっしゃったのか、用箋挟に着けられた羊皮紙に似た用紙を渡してきた。
魔法道具の1種らしい用紙にはこう書かれている。
1.乙が甲に過日に見た夢の内容を嘘偽りなく話す限りにおいて、甲は乙の生命を保障する。
2.甲は乙の許可なく第三者に乙が過日に見た夢の内容を話すことはない。
3.乙が話す内容によっては追加で褒賞を用意する。
甲
乙
内容に納得したら署名しろ、ということだろう。私は羽ペンを手に取り、しかし署名の前に手を止めた。
「書き加えても宜しいでしょうか?」
「……執拗な娘だな」
「お褒めに預かり光栄です」
自分でも本当に不遜だとは思うが、何を言われようとも私はこれだけは譲れない。
許可を得たものとして私は書面に書き加えてから署名し、陛下にお返しする。返された書面を見た陛下は目を見開いた。
1.乙が甲に過日に見た夢の内容を嘘偽りなく話す限りにおいて甲は乙の生命を保障する。
甲は直接的あるいは間接的に乙の心身を害さないことも併せて保障する。
2.甲は乙の許可なく第三者に乙が過日に見た夢の内容を話すことはない。
話す場合に第三者も他者に許可なく話さない誓約を書面にてすることを約束する。
3.条件1.及び2.が破られた場合は血を以て贖うことを約束する。
4.乙が話す内容によっては追加で褒賞を用意する。
甲
乙 レナ・ウィル・ローダネラ
「正気か?」
王族に対し、これは不遜を通り越して謀反になりかねない。けれど、私は私の生命を諦められない。
生き残ることは命懸けだ。巻き込むのがたとえ王族の方だとしても私は私の考え方にただ従うだけ。
「私は私の生命を保証して頂けるなら謀反など起こしません」
しれ、と言ってのけた私に陛下は渋い顔をしていらっしゃるが、私が命懸けなのに血の一滴すら懸けて頂けないのは、身分の差があれどあまりにも不公平だと思う。
「……豪胆な娘だ」
「お褒めの言葉、有難く頂戴致します」
陛下は先程よりも長く息を吐いた。陛下が書面に署名すれば魔法が発動し、私の生命は保障される。それまで私は何があっても夢の内容を告げる心算はない。陛下は睨むように私に、眉間に皺を寄せながら書面に、と視線をうすしながら葛藤している。
そして数分後、諦めたように陛下が署名しようとしたところで馬車がガタン、と音を立てて止まった。
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