第9話 夕暮れの迎え

 その日の夜、夕食を食べ終えたその時、見計らったかのように町屋敷の扉を叩く音がする。

 あまり歓迎されるような来訪時間ではない。科学技術が未発達なこの世界では、明かりを得るのも前世程に簡単ではない。魔法が使えるとしても灯の魔法道具と住人の魔法素が必要になるし、魔法素がない、または足りないとなると蝋燭を使うことになる。早い時間に就寝してしまえば使用する魔法素も魔法道具の消費も蝋燭も抑えられるのでなるべく早く就寝してしまうのが一般的だ。因みに我が家とその町屋敷は魔法道具による照明器具であり、魔法素は使用人に追加給金を支払って使用している。ローダネル伯爵やその夫人である母も魔法素はあるし魔法道具なら問題なく使えるが、貴族は領内の有事の際に真っ先に対処しなければならないので温存することも一般的だ。

 そんな時間帯のことだった。


「お嬢様、王宮からのお迎えの方がお見えです」


 使用人が困った表情を隠せずに言う。私も眉を顰めた。

 私は今、貴族としてそれなりの服を着ているが、それでも謁見に相応しい装いではない。これから服装を整えることを始めとして身支度をするならばそれ相応の時間がかかってしまい、王宮からの迎えの方を待たせてしまうことになる。これは大変な失礼に値するが、適当な服で謁見するのも非礼に値する。使用人の困り顔も至極尤もだ。


「分かりました。今から参ります」

「お嬢様!?」

「あちらも通達なくこの時間に来たからには分かっておいででしょう。もしもこの件で王宮からの叱責があれば逃げなさい、私は自分で何とかします」

「お、嬢様……?」


 私は軽く服の裾を払い、水筒代わりのガラス瓶に水を入れて服に忍ばせてから部屋を出る。部屋の扉を出たところで使用人が慌ててついてきた。玄関の扉を開けて外を見れば敷地の門のすぐ前に馬車が停まっていて、昼に謁見の間で王座の横に控えていた鎧を着けたお方がいる。使用人に見送られて私は独りで静かに門へと歩く。


 決着は今夜中につきそうだ。

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