第8話 謁見

 普段なら夕食を頂いている時間に私は町屋敷に到着し、突然の来訪に使用人には驚かれ、明日また迎えに来るという使者を見送り、事情を話して部屋と夕食の支度をして貰い、夕食やら湯浴みやらを済ませて就寝したのが普段より少し遅い時間になった。突然の来訪を少しの遅れで済ませてしまった使用人には恐れ入る。臨時給金をあげたいが屋敷の主人ではないので帰ったら母に相談することにして、明日に備えてさっさと眠ることにした。


 鐘の音がなくとも普段の起床時間に起きた私は軽く身支度を済ませ、使用人に挨拶をして用意して貰った食事を摂り、予定を確認して謁見の為の身支度をして、と忙しなく動いていればあっという間にその時はやって来る。

「お嬢様、王宮からのお迎えの方がお見えになりました」

 顔色の悪い使者の迎えで、私は王宮に出発した。






 使者から騎士へ案内役が変わり、騎士の先導で城内を歩く。等間隔に並ぶ色味も飾り気も抑えられた柱は太く、その間にある大理石の壁は厚く、良く磨かれた石造りの床に靴の底が当たって硬質な音を立てた。国力とは守備である、と言わしめるような頑強な城だ。

「ローダネル伯爵令嬢が来られました」

 やがて装飾はされているがやはり分厚い金属製の大きな扉の前で案内の騎士が扉を守る2人の騎士に告げる。門番のように佇む騎士が重々しく頷くと、2人がかりでその重いだろう扉を開けた。内側に開くその扉の向こうに壇上、その上に王が座す華美な椅子が見える。階段前まで続く道のように敷かれた絨毯の上を半分くらいまで私は独りで歩き、ドレスのスカートの中腹を摘まみ持ち上げ腰を折り頭を下げ、礼をしたまま座の主が来るのを待つ。

 頭を下げる前までに見たところ、集められたのは宮廷占術師、国防に関わる騎士や兵士の上層部、国営に関わる国王の側近が何人か。貴族もいるにはいるが空席が目立っていたので国王は私の進言を未だ明るみに出していないようだ。

「イェンメルフォード国王陛下、ご入場」

 謁見の間によく通る声が響く。私だけでなく、集められた全員が頭を垂れているに違いない。

「顔を上げよ」

 王座に座ったらしい陛下が謁見の間に集まった者へ告げる。私は最後になるように少し遅れて顔を上げた。


──あら……?


 陛下と近衛兵が壇上にいる。近衛兵が壇上にいるのことに問題はない、陛下を間近で護衛するのが仕事だから。


「レナ・ウィル・ローダネラで間違いないか?」

「……はい」

「この場は非公式のものとする。この場にいる者全て、この場で見聞きしたことを外に持ち出すことは許さん」


 私が試されているのだろうか、それとも此処にいる全員に伏せているのだろうか。非公式としたならば不都合なことは知らぬ存ぜぬを貫き徹すことも出来るだろうけれど。


「使者が持ち帰った汝からの進言は真実か?」

「私が告げたのは夢の内容であり、夢が現実になってしまってはならない、と使者様にお伝えを致しました」


 慎重に言葉を選ぶ。事実と違うことを言って後で追及されるのも良くないだろう。


「たかが夢を信じろと言うのか」

「仰る通りでございますが、ローダネル伯爵に落胤がいるのは事実でしょう。私の他に、光の祝福を受けた子供がいる可能性は無視出来ないと考えました」

「その事実があって尚、お前に光の祝福が降りたとは考えなかったのか」

「可能性は残っておりますが、残念ながら私には光との縁がなかったと既に感じております」


 何せこのままだと『闇の魔女』になる私である、光との縁があるわけがない。勿論、この場では伏せるけれど。

 私の言葉をふむ、と王座に座るお方が顎を撫でながら考えている。


「……その、ローダネル伯爵の落胤の名は分かるか?」

「可能性のある名前はありますが、確実ではございません」

「構わん、告げよ」


 この命令に従うのが吉と出るか凶と出るか分からないけれど非公式とはいえ王命だ、従わざるを得ないだろう。私は口を開き、しかし直後に思い当たることがあって口を閉じた。


「…………」

「どうした、言わぬか」


 『聖光譚』の主人公は男性なら『光の聖人』、女性なら『光の聖女』、つまり性別が選べる仕様になっている。途中で選択の変更は出来ない。何故なら主人公の性別によって次代国王の性別も変わるのだ。ゲーム内で次代国王は一人しか存在せず、主人公が男性なら女性、主人公が女性なら男性が登場する。それが現実である現在、この国の次代国王は男女の二卵性双生児であり、第一王子殿下と第一王女殿下がいる。

 まさか主人公も双子だろうか、双子ではなく兄妹か、姉弟か、それともどちらか一人だろうか?


「……男児であればルクス・ウィリアムズ、女児ならばリヒテ・ウィリアムズ、と夢では呼ばれておりました」


 分からないので両方の主人公のデフォルトネームを口にする。夢では次代国王のどちらかがいなかった、なんて口には出来ない。たとえ私の中で事実でも告げた途端に首が飛ぶだろう。


「どちらかは分からないのか」

「分かりません。既に夢と現実で異なるところもございますので」


 言うまでもなく最たる差異は私が此処にいることだ。宮仕えは15歳で内なる能力を鑑定する式典に参加してこの国で社交界への参加を認められた後の手筈だった。それまでは領内で貴族としての作法や勉強に勤しむ予定だったので、私が王宮に足を踏み入れるのは15歳で最初で最後になる筈だったのだ。


「なるほど」


 王座に座るお方はまた顎を撫でながら思案している。


「この名を持つ者を探しておこう。住居の場所は分かるか」

「夢ではローダネル伯爵領内でした。……身内の醜聞ではありますが、名前を問わずローダネル伯爵の落胤を探した方が確実かと愚考致します」


 主人公の名前がデフォルトネームとは限らない上に、ローダネル伯爵は降爵処分で苗字が変わっている。処分後に名乗っていたのがウィリアムズなので、現在の『光の聖人/聖女』がウィリアムズを名乗っているかどうかは分からない。因みに『光の聖人/聖女』の故郷は『聖光譚』では旧ローダネル伯爵領として暫定的に国王の直轄地になっていた。主人公の活動拠点は王立学園だが『光の聖人/聖女』の故郷なので下賜するには扱い辛くて問題が多く、仕方なく国王が管理することにしたようだ。


「覚えておこう。──さて、この他にお前が夢で見た中に重大なことはあるか」

「……」


 王座に座るお方が再び問う。質問に答えるなら、ある、それも今後に影響する重大なことが。しかしそれ故に私としては切り札に近く、国王陛下としては極力内密にしたい筈だ。選別されているだろうとはいえ、他に少なくない人数がいるこの場での発言はどう考えても悪手だ。


「あるには、あるのですが」

「何だ? 先にも言った通りこの場は非公式のものだ。何かあるならば構わずに告げよ」

「……紙と筆をお借りしたく存じます」

「これでも言えぬと言うのか」


 仕方なしに王座に座るお方は紙と羽ペンを用意して近くに控えていた傍仕えに私へ届けさせた。書き易いように用箋挟もつけてくれたのは有難い。申し訳ないけれど届けてくれた傍仕えの方から隠すように紙へ書き込み、それを折り、紙飛行機にして国王陛下の元へ飛ばす。


「ご無礼をお許しください」


 受け取ったのは王座の横に控え鎧を着けたお方だ。それを確認してもう一度、ドレスのスカートの中腹を摘まみ持ち上げ腰を折り頭を下げる礼をする。


「──この件に関しては追って沙汰する、町屋敷にて待て」


 王座に座るお方が横に控えたお方から内容を聞いたのだろう、そう告げてきた。


「畏まりました」


 頭を上げて踵を返して謁見の間を後にし、部屋の外にいた案内の騎士に連れられて来た道を戻る。城の外ではあの顔色の悪い使者が馬車を伴って待機していたので、馬車に乗り込み町屋敷へと帰った。

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