第7話 呼び出し
この世界の月日は前世と同じく365日。1年が12カ月、1ヵ月が5週間、1週間が6日あり、季節の節目の日が春と夏、夏と秋、秋と冬にあって、更に1年の節目に2日を加える。
時間についてはそもそも時計があまり普及していないので正確なことは分からない。王都の学園では始業、昼の休みの始めと終わり、就業に鐘が鳴り、その音が周辺住民の時間認識に関わっているが、学園のない地方都市では教会が住民の生活様式に合わせて日に5回、鳴らすことになっている。
私が宮仕えの署名をかなり強引にお断りしてから一週間が経った。
花壇での魔法の練習は相変わらず続いている。水は霧状にして花壇の上に密集させ、雲として雨を降らせる形で落ち着いた。今も膝の高さに作った小さな雲から雨粒が降って何も植えられていない地面を濡らしている。水やりを終えたら土を混ぜ返して形成が出来る程度に固める。イメージして操作すれば手のひらサイズで丸っこい人形が出来上がった。その人形を更に操作してお辞儀させ、踊らせ、仲間を引っこ抜く動作をさせつつ、その動作に合わせて新たな人形を作り、またその人形を踊らせ、小さな舞台が終わったら再び雨を降らせて人形を土に返す。
人形くらいなら形成も操作も難なく出来て、水と土を同時に操作しても疲れなくなった。もう少し大きく、複雑なものを形成してみようか、とちょうど近くにいて外観の参考にし易い庭師の像を作ってみることにした、ところだった。
「お嬢様、王宮からの令状が届きました」
この世界には6種の人間のような知的生命体が凡そは種族毎に生活圏、普人種はその中に国を造っていて、魔人種を除く種族が光の神を主神、種族毎に土地、流水、炎熱、金鉱、風樹の神を副神として信仰している。普人種は光と炎熱の神を信仰し、国は町毎に教会を立てていることが多く、文化的には前世でいう中世から近代の欧州なのだが妙に現代的な何かが混じっていた。交流都市や辺境等は人種混合の町や村もあるけれど、普人種である私は普人種主体の国の1つで暮らしている。
私の住む普人種主体の国の名前は『イェンメルフォード』、王都を中心に広がる普人種の中では最大の王国だ。国王直轄の王都には貴族の町屋敷や国中の神殿を統括する大聖堂、他国や他種族との協議にも使われる大議会堂、そして『聖光譚』の主人公の活動拠点である王立学園がある。王都以外は爵位持ちの貴族が各々の領地を治め、その階級は降順に公、侯、辺境伯、伯、叔、亜、男、方となる他、領地を持たない爵位として特殊権限で階級に組み込まれない巫爵、一代限りで方爵より階級が下の士爵等がある。
ローダネル伯爵領は王都からかなり近い場所にあり、先んじて届けられた令状等の軽い荷物であれば鳥に持たせて数時間で、人の移動は早ければ馬車で半日で済む。しかしいくら近いとはいえ、半日という長時間を蒼白な顔の使者と相乗りしなければならない私の身にもなって欲しい。この使者はあの日に宮仕えの書状を持ってきた使者であり、署名もなく王宮に帰還した所為で説明やら対応やらに追われた挙げ句に休む間もなくまた伯爵領に遣わされたのだろう。明らかに疲れているし、何か恐ろしい存在を見る目で私を見ている、訂正、全く目が合わない。確かに原因は私だったかもしれないけれど悪いのは私ではなくローダネル伯爵であり、ともすればローダネル伯爵にそうさせたこの世界を造った何者かなので、私は怯えている使者に何か言葉をかけるでもなく、しかし居心地は悪いまま馬車に揺られていた。王都への到着は早く見積もって夕方、遅ければ深夜になる、謁見は翌日以降だろう。町屋敷の使用人は私の来訪を知っているのだろうか。前世でいう電話のような器具はあるけれど物凄く高価なものでローダネル伯爵家が所有しているか、それを町屋敷に設置しているかが分からない。急な来訪は迷惑になるから、呼び出した王宮が気を利かせていて欲しいものだけれど望み薄だろう。はぁ、と溜息を吐けば向かいに座る使者がビクリ、と肩を震わせた。こんな小娘に怯えるとは小心者なのだろうか、それとも。
私が『闇の魔女』、『復讐の魔女』の前身であると既に知っているのだろうか。
対応策を考えた方が良いのだろうけれど、この半月で考えた結果は全て向こうの出方次第。私の考えの及ばない出方をされた場合のことは天運に任せる他ない。再び溜息を吐きかけたが使者が失神しそうなので耐えるしかなかった。
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