第5話 続・魔法の練習

 ゲーム内で登場人物が容易く魔法を発動させていたから失念していたけれど、そう簡単に無から有を生み出せる筈がなかった。魔法とは魔法素に事象を結合させて発動させるものらしい。私が単独で魔法の習得を試み、小規模の自滅をしたのが切欠で買い与えられた本にはそう書いてある。家庭教師をつけようか、という話も出たがそれは適当に理由をつけて断った。何が原因で暗闇魔法の適性者と発覚するか分からないので可能な限りは単独で習得したい。


 自室で買い与えられた本を読む。文字はアルファベットのような表音文字でこの世界のものだった。前世の文字しか読めなくなっていたらどうしようかと思ったが、この14年で習った文字は難なく読める。ひっそりと安堵しながら与えられた本を読み込むことに集中した。


 本にはまず、誰にでも魔法素を生み出せるわけではなく、生み出せる魔法素にも質や量、それを自分に保存しておく能力にも個体差があり、魔法素を生み出せたとしても不安定だったり変質したり、保存が出来なかったり量が規定に満たなかったりすると魔法を使うことは出来ない。つまり一定量以上の安定している魔法素を自己生産し、且つ自己にその保存が出来る者にしか魔法は使えない、と書かれていた。此処で首を傾げる。外部から魔法素の受領が出来れば誰でも魔法が使えるのでは、とか、魔法素が変質してしまうのならば敢えて変質させてそれを使えば良いのでは、とか考えるとキリがない。他の本には別のことが書いてあるかもしれない。他の本が欲しくなった。

 本を読み進める。自身の魔法素を外部の事象と結合させることより魔法は発動する、結合させた事象はその魔法素を帯びる、とある。前世での知識を得ていると磁石にくっついた釘、というイメージが真っ先に浮かんだ。最終的にこの事象に結合した魔法素は量と質にもよるが時間経過で霧散し、事象は元の魔法素を帯びていない状態に戻るらしいが、釘は意図的に磁力を取り除かなければならなかった気がする。魔法素は意図的に抜けるのだろうか、やはり他の本に書いてあるのだろうか。いずれ別の本を入手しなければならないだろう。

 本を更に読み進める。魔法素を帯びた事象は魔法素の元、即ち魔法の使用者の干渉を受ける。つまり操作したり増減させたり、ということが可能になる。これが魔法の基本完成形、そこから応用で攻撃や医療、芸術や生活に使われる魔法となるらしい。確かに基本さえしっかりしていれば応用は幾らでも出来そうではある。そして私が倒れた原因が急激に水分を失ったことによるショック症状だろう、ということも分かった。魔法素に結合させる水分を指定しなかった為に最も手近にある体内のそれを操作して体外に集めてしまったらしい。倒れるのも道理だった。


 先の失敗を反芻しつつ寝台の横に置かれた卓の上を見れば水差しと杯が置かれている。手を伸ばせば届く位置にある水差しを私は指さした。

 魔法素──、指先から魔法素が放出されるイメージをする。

 事象──、対象は水差しの中の水。

 最後に結合、と意識したところで水差しの水が渦を描き、細い水柱を上げて私の指先に集まった。これを杯の中へ移したい、そう意識して指を水差しから杯へ移す。水は私の指から離れて杯の中へ──……。

「あ」

 水差しの中身が全て杯の中に入る筈もなく、入りきらなかった水が溢れて卓を水浸しにしてしまった。

 此処でさっさと拭いてしまうと魔法の練習にならない。まだ魔法素は結合されている筈なのでもう一度、操作して卓上から水を浮かせる。そして開いた窓から見えた花壇の上へ誘導し、操作を解除した。

 水は重力への抵抗を失いパシャン、と音を立てて花壇へと落ちる。その近くで仕事をしていたらしい庭師の驚いた声が小さく聞こえた。

「……お嬢様」

 タイミング良く部屋に入ってきた給仕に見られて花壇の水やりは庭師の仕事でその領分を侵してはならない、そして行儀が悪い、と注意をされた。

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