- 聞いて極楽見て地獄 -

壱◆5

 仙人の修練と言うと、山に籠り一人で座って過ごすようなものを想像するだろうか。しかしそれは、神の存在が知られていなかった頃、妖力も神力も持たぬ真人が神に近づこうと手探りで始めた行為で、あまり効果はない。


 仙人というのは、体内に“妖力”を持って生まれて来た人間だ。


 妖力は文字通り、『本来は人間が持ち得ない妖しい力』だ。空気中に漂うソレは、人間が持つ不安や恐怖の感情によって結びつき、やがて妖怪となる。それそのままであれば害はないのだが、仙人はいわば体内に妖怪を住まわせているような状態なのだ、感情が大きく揺さぶられたり怒りを溜め込み続けたりすると、 “呪術”となって自身や周囲に攻撃したり、膨れ上がった妖力に飲み込まれて人間性を失い、妖怪そのものになってしまう危険な力だ。


 逆に“神力”というのは、神仙が持つ『人智を超えた力』で、妖力に対抗する力だ。そして妖力は、神仙の力で少しずつ神力に変換することができる。だが、神仙もタダでは動かない。妖力を神力に変換するだけの見返りを求めた。それが仙人にとっての修練だ。


 つまるところ、仙人の修練というのは、神の信仰を集めて妖力を変換してもらうだけの力を稼ぐ事が主となる。大抵の仙人は、体内の妖力のおよそ半分を神力に変換後は、真人と共にごく平凡な生活をしている。


 天仙を目指す地仙と呼ばれる者たちは、神力で起こす奇跡こと“神通力”(体内妖力の全てを神力に変換する必要がある)を得るほどの修練を続け、神が定めた規則を徹底して守り加護を受け、生殖に必要な精を練って体内に留めて置き神力の貯蔵庫とする事で本来の肉体が持てる量をはるかに上回る神力を得る……などという気が狂うような日々を繰り返す狂人ばかりだ。


 まあ、その狂人の一人になるため、まずはどの神に仕えるかを選ぶところから始めなくてはいけないわけだが……。


「絶対に! 空神は嫌だ!」


 私の心からの叫びが八又神殿に響いた。質疑応答を終え、賢者にもう一度変転術を限定的に解いてもらった矢先だった。


 賢者から差し出された空神仕えの錫杖を、私は拒否するが、賢者はぐいぐいとそれを押し付けて来る。


「無理を言ってはいけないよ。空神様が、君を空従に戻したいというから特例で猶予が与えられているんだ。空神様以外の誰に仕える気なのかな」

「お前は高木神仕えだから知らねえだろ! 空神にずっと監視されるのがどれだけ面倒か!」

「質問の答えになっていないね。それに、空神様の仕えの者に対する執着は有名だよ。その空神様を、親のように慕い、支え、生涯の全てを捧げると誓ったのが空従の巫女、つまり過去の君だ。恨むなら過去の自分を恨みなさい」

「空従の巫女めーッ!!」


 素直に恨み節を口にする。賢者は数秒黙っていたかと思うと、大股に一歩、ぐい、と私に近づいた。ギクリとして、私は思わず一歩後退する。


「お、おい、やめろ」

「君が受け取ってくれれば、僕だってこんな手は使わないよ。ほらほら」


 前世女に寄った感性が、嬌声を上げる。目を合わせればこの感情が賢者に見られてしまう。……というより、これまでの数回で既にどの程度好かれているのかは把握済みなのだろう。賢者はわざと、私に接近することで好意を弱みに要求を飲ませようとしている。最悪な奴め!


 私が後退りすればするほど賢者は近づいて来て、私はついに壁際に追い込まれた。目を合わせてなるものかと限界まで首ごと顔を逸らし、目を強く瞑る。が、しかし。


(はぁ……っ、はあ……! 賢者君の息遣いが聞こえる、いい匂いがする……ッ! 香り系駄目だからオーダー推し香水とか作れなくて悔やんでたんだけど、作って変に固定概念を持ってなくてよかった! これが賢者君の、)

「うわああああッ!?」


 悪寒が走り、私は妖力で賢者を弾いて距離を取った。


「自分が気持ち悪ィ!!」


 叫ぶ私を気にせず、賢者は神力で妖力を受け流してあっさりと体勢を立て直すと、錫杖を持ってまた距離を詰めようとしていた。視線を避けて私は抗議する。


「お前ホントそれやめろ! 私の中の変質者が目覚める!」

「聞く人が聞いたら大分危ない発言してるよ君」

「お前の変態信者が言ってんだよ!」


 苛立ちながら声を荒げ──うっかり開けてしまった視界に賢者が映った。薄桃色の柔らかそうな髪が一歩進む度にふわりと揺れて、知ってしまった香りが近づいてくる。灰色の瞳が真っすぐに私を見ている。小さな両手で錫杖を落とさないように握っているのも愛しくて、動悸が激しく鳴る。


(わわわ……ぎゅってしたい……──や、無理だ!)


 危うく手を伸ばしてしまいそうになり──堪えた。私個人の拒絶というより、前世女の拒否感に救われたという方が正しい。賢者を神聖視するあまり、触れるのは前世女的に“ナシ”らしい。


 曖昧ながらも感情が読める賢者にはこの不気味な想いが伝わったのか、一瞬、奴の動きが止まった。


 今しかない。私は急ぎ賢者の隙をついて部屋から転がり出ると、庭園に降り、そのまま神殿の囲いを飛び越えた。


「誰が空神に仕えたりするかってんだ! 黒姫さまの活躍を震えて待ってろバーカ!」


 捨て台詞を吐きながら逃げようとして、カラン、と遊環が鳴った。その刹那、私は空中で手足を拘束され、そのまま山道を成す術もなく転がり落ちた。木の根で腹を打ち、小石で膝を擦り、泥で濡れた皮膚に葉がくっついていく。


「どぅあ!?」


 落ち葉に塗れながら岩に当たってようやく止まった私の下に、賢者が悠々と歩いて追いかけて来た。足音がしないので、神通力で浮いているのだろう。賢者は言う。


「いくら神仙の頼みと言えど、僕は一年を嫌いな奴の為に、無駄に費やす気は無いよ。空従の巫女に戻るためにも、黒妖姫がこれから起こす所業の全てを、君には洗いざらい──」

「嗚呼、苛々する! どいつもこいつも、空従の巫女、巫女、巫女! 関わりのあった奴ならともかく、お前は顔も合わせた事も無いのに、噂や評判だけでそれが正しく私のあるべき姿だと押し付けやがって!」


 腹が立って私は声を荒げた。威勢に驚いたのか、賢者は言いかけた言葉を飲み込んだ。これ幸いと、私は捲し立てる。


 巫女時代の自分が施した記憶封じの術により、過去の記憶全てを思い出せはしていない。それでも、僅かに思い出した過去の私は窮屈で、我慢の連続で、ちっとも楽しそうではなくて嫌になる。


「つまんねえ人生捨てて、妖怪になってからの方がよっぽど充実してるってのに! お前知ってる!? 空神仕えって、一刻(約二時間)ごとに空神に現状報告するんだぞ!?」

「……ん?」


 意表を突かれたみたいにやや固まって見えた賢者が、首を傾げる。やはりこいつは空神仕えが不人気で常に人手不足な理由を知らなかったらしい。


「転寝しててうっかり報告し忘れたら『わたくしのことが嫌いになったのね!? 他の神仙のところに行っちゃやだ!』とか言い出して檻の中に閉じ込めて仕事妨害してくるし! なんか不都合があると聞こえねえフリするし! 逆に報告を自分に都合が良いように曲げて受け取るし! 急に泣くし! ことあるごとに『わたくしのこと好きよね? ね?』って言ってくるし! 面倒臭ェんだよあの神!」


 言ってる間にも晴天だった空が曇りはじめ、しとしとと雨が降り始めた。空神が泣いている。知るか。私は溜め込んでいた不満を曝け出し続けた。


「空従の時、数回会っただけでこれなんだぞ! 空神仕えは絶対に嫌だ!」

「……仕方が無いな。じゃあ、錫杖は一旦僕が預かっておくよ」


 これ以上は押し問答になるだけだと分かったようで、賢者は空神仕えの錫杖を、神力で開いた空間(おそらく私有の倉庫)に仕舞い込み、それから合掌して空を見上げた。


「空神様。後で必ず渡しますので、少しばかりお時間をください」


 空が晴れた。私は、ケッ、と悪態を吐く。


「できねえ約束して、知らねえぞ」

「できるよ。いざとなったら、君の手足を拘束した状態で眼球をこじ開けてお願いすれば、君は受け取らざるをえないだろうから」


 ねー。と、賢者は可愛い子ぶって私の顔を覗き込むような動きをした。内心がざわつく。ムカッとくる感情を、愛しくて仕方が無い感情が上から塗り潰していく。


(もうここで受け取ってもいいかなって気がしてる。だって賢者君が、受け取って~ってしてるんだよ!? 受け取る以外の選択肢、ある!? いや無い!)


 反語使ってんじゃねえ。


 苛々しながら私は体を起こし、賢者を睨む。


「さっさと解け」

「逃げる気だろう? 面倒だから話が終わるまでそのままでいてくれるかな」

「逃げねえよ! どうせお前、千里眼で先回りして追いかけて来るんだから、諦めた!」


 まあ機会があったら逃げるつもりだが、しばらくは無理そうだとも思っているので、嘘は言っていない。感情が分かるとは言っても、思考そのものが事細かに読めるわけではないのだろう、賢者は白けた表情で黙って私を見つめた後、無言のまま拘束を解いた。


 私はその場で片膝を立てて、だらしなく座り込んだ。


「あーぁ。お前も余計な事言ったよなァ。黒姫さまの行動の先手を取って封じたい、だっけ? 封じても封じなくても、大して世間にも神仙にも影響ねえってのに」

「うん? どういう意味かな」

「そのまんまの意味。黒姫さまって、基本的に何か悪い事を企んで行動しても、最終的には周囲の人間や妖怪の困りごとを解決して自分にはあんまり得が無い、っていうのを繰り返すだけだからな。神仙に復讐する気満々なだけで」

「その復讐が最も凶悪な行いだから、止めたいんだよ」

「そうかぁ?」


 『げーむ』で、黒姫がやっていた事と言えば、金稼ぎに妖怪や人間の困りごとの解決、荒くれ者との喧嘩に、力自慢の妖怪による襲撃の相手だ。借金の取り立てを始めた辺りから多少のあくどい手も使うようになるが、それも結局は相手の方が悪党で、黒姫が成敗する形になるものばかりだ。


 これらの功績は時に仙人や神仙に認められる。その内の一人が賢者や陽神なワケで……。黒姫の今後の行動を知れば、賢者は考えを改めるはずだ。そうなると分かっていては、わざわざあれこれと策を講じる必要性を感じない。事の成り行きに任せた方が上手く行くに決まっている。


(そもそも、メインもサブもキャラクタークエストでも、ストーリーは全部ハッピーエンドになるように書かれてる作品だし……賢者君はともかく、天邪鬼は味方としてかかわる話はないし、敵キャラとしてカラバリ並べて雑魚戦に使われているだけのキャラだし、あんまり関わるメリット無いかなぁ)


 何を言っているのか半分くらい分からなかったが、おおよそ言いたいのは『黒姫さまの物語に、天邪鬼は関わらない』ということだと思う。そう考えると、やはり関わらないのが一番のような気がする。


「正直、黒姫さまのやることを邪魔するより、陰で支えた方が世の為になるんじゃねーの。そもそも閉じ込められていた事にキレてたんだし、白神がちゃんと話し合えばいいだけだろ」

「……。君が言う事が正しかったとしても、やはり放置が得策だとは思えないな。結局、黒妖姫は悪意を基に行動をするわけだろう? 結果的に善行に繋がったとしても、本人の性根が曲がったままでは、いつ別の間違いを犯すか分かったものではない。違うかな?」

「知らねー」


 そっぽ向く私をじっと見下ろして、賢者は呆れた様子で口を開く。


「君。修練が面倒だから、一年を適当に過ごす気だね?」


 死にたいのか。そう続けられた言葉を、私は不真面目に聞き流す。妖怪の今も、僅かに思い出した巫女の過去も、そして意外な事に、一人で姦しい前世女すらも、この点に関しては意思が一つになる。


「“どうでもいい”」


 誰一人として、生に対する執着が無かった。珍しいこともあるものだ……いや案外、こんな前世だから巫女も私もそういうものなのかもしれない。


 ちらりと賢者を見やる。てっきり命の尊さとやらでも説教してくるかと思ったが、彼は表情を変えずに「そうかい」と呟いて目を伏せた。


(あッ……アンニュイな表情も好き……横からグッとカメラ寄せて撮りたい~)


 空気読まねえな、この思考。私は咳払いを一つして、ふわふわとする頭を切り替える。


「何。なんかちょいちょい引っかかってんだけど、お前もしかして、空従と会ってた?」

「いいや。直接顔を合わせたことは無いよ」


 なんだ。封じ込めた記憶の方で会っていたのかと思ったが、そういうわけではないらしい。しかし賢者は、自身の高木神仕えの錫杖を握る力を強めて言う。


「遠くから、貴方を見かけたことがあっただけだよ。父や他の仙人たちから、『あれが空従の巫女だ』と教えてもらって、貴方を知っていただけだ」


 ただの他人じゃねえか。さっき私が言った、『噂や評判で決めつけやがる』奴の一人だというのはあながち間違いではなかったようだ。


 賢者がこちらを見ていないのを良い事に、私はそうっと周囲の妖力の気配に混じらせるようにして、妖術を使う。


「だったら、一層どうでもいいだろ。私が空従に戻ったって、お前が周囲に教えてもらった“空従の巫女”はどこにもいねえんだよ──っだァ!?」


 空間をねじ空けて逃走経路を作り、さあ後は相手が隙を見せた瞬間に逃げるぞ……今だ! と素早く体を傾けた瞬間に、空間が閉じられ、私は顔と体の右半分を強打した。


「何する──」


 捩じり開けた空間を塞ぐ神通力は、高木神仕えの者の特徴である木々の根の形をしていた。間違いなく賢者のものだろう。逃げる機会を奪われた私は抗議しようとし、こちらを冷めた目で見つめる賢者と視線が合い、固まる。


「──その通り。僕が周囲から聞いて知った気になっていた空従の巫女なんて、そもそも幻想だったんだろうね」


 一切の熱を感じさせない、寧ろ穏やかに微笑んですらいるというのに、怒りを感じて私は冷や汗をかく。賢者が錫杖を地面につく。遊環がシャンッとなる音に、私は反射的に肩をビクリと跳ねさせた。


「だってここにいるのは、息をするみたいに嘘を吐くような、不誠実な妖怪だ。仙人から妖怪になった者は人だった頃の性質を引き継ぐ傾向にある。記憶を封じたとはいえ、空従の巫女の人となりもお前みたいな奴だったのを、上手く隠していたんだろう」

「な、何キレてんだ」

「怒ってはいないさ。強いて言えば、見る目の無い自分が情けなくて仕方が無いよ。周囲の評価を鵜呑みにして、素晴らしい人だと思い込んでいたんだ、恥ずかしい限りだ」

(解釈違いでキレてる厄介オタみたいなこと言ってる)

「っふ」

「何を笑っているのかな」

「今の私悪くねえって!」


 拗ねてる賢者君可愛い~! ぐらいの事なら考えるかと思って身構えていたが、予想外の指摘に変な笑いが出てしまった。噴き出さなかっただけ褒めて欲しいぐらいだ。


 しかしまあ、少し分かった。どうやら賢者は、ほぼ同期の空従の巫女に対して、それなりに尊敬なり情があったらしい。それも、直接会話したわけではなく、周囲の評判や噂を聞いて勝手に理想を重ねてしまっていたのだろう。馬鹿な奴だ。


 他人の言う事なんて大概誰かの主観が混じっているのだから、一々まともに聞く方がどうかしている。とはいえ、今の賢者もさすがにそれは分かっているだろう。若かりし頃の思い込みが一つ消えた、ただそれだけの話だ。


「悪かったなァ、お綺麗で素敵な巫女さまじゃなくて与太巫女さまで」

「分かっていたことだよ。君の言う事はあてにならない」


 認識を改めた賢者は神通力で私を引っ張りながら、山道を降り始めた。


「んで何、どこ行くんだよ」

「地仙の力を借りたいと依頼があったから、麓の里まで下りるよ」

「じゃあ私はこの辺に置いてけって。悪さしねえからさァ」

「さっき言っただろう。君の言う事はあてにしない。僕は僕の仕事と修練をするから、君は一ヵ月でも一年でも好きなだけ、仕える神を何方にするか悩んでいなさい」


 へいへい、そうですかい。と、適当な相槌を打って、私は素直に引きずられて里まで下りた。


 扶桑国の里が一つ、エナンジ。神奈備がある山の麓の里だけあって、神職やその関係者で栄えた里で、規模としてはそこそこの大きさといったところだ。ほとんどが水辺であり、木々の根で浮いた土地に家を建て、移動は基本的に船(神通力が使える仙人だけは水の上を歩いている)という、扶桑国の一般的な生活体系をしている。


 仕事の依頼者だという里の長の家で私を柱につないで玄関に置き、賢者は少し奥まった場所で長と話を始めた。


 高木神仕えの地仙を呼んだら、その中でも最高位の賢者が来たことに驚く依頼者の恭しい言葉の数々をぼんやりと聞きながら、することもなくて欠伸をしていると、この家の子だろうか、十にも満たない少女が不思議そうに私を遠巻きに見つめている事に気づいた。


「ンだよ」

「……お姉さんどうして、繋がれてるの?」

「アー……神仙に嘘吐いたからだよ」

「悪い事したんだ。空従の巫女さまみたいねぇ」


 こんな子どもでも知ってるのか。親が話して聞かせているのだろうか。


 ……なーんか、癪に障るなぁ。私を見つめる無垢な瞳も、地仙が拘束しているから大丈夫だろうと言わんばかりに無遠慮に近づいてくるその舐め切った態度も、嗚呼、壊してやりたい。


 私はちらりと賢者がいる方を見やった。柱で多少視線が遮られてはいるものの、部屋とこちらとを仕切る戸は開けられているので、行儀よく背筋を伸ばして正座をしている賢者が長と和やかに会話をしているのが見える。今なら長の依頼話で忙しくて、賢者はすぐにこっちには来れそうにないだろう。ちょっとこの小娘を怖がらせてやろう、多少の暇つぶしにはなろう。


 さて、それならどう怖がらせるか。今の繋がれている姿じゃ、『食ってやるぞ~』なんてやっても迫力がないし、爪で刻むこともできん。妖術は使おうものなら長との会話を中断して賢者が飛んでくるだろうし、ここは怖い話でも一つ……。


「実はなァ、私は美しいものがとんと嫌いでな。美しいものを見かけると、壊してやりたくなるのさ。過去には、お前みたいな若い娘も私の餌食になったもんだ」

「!」


 わざとらしく凄めば、少女は驚いて少し後退りをした。しかし私が縛られているからか、それ以上遠くには行かず、怖いもの見たさなのか話の続きを待っている。


「その娘には婚約者がいた、町の領主の息子だ。もうすぐ祝言だと言っていたかな? 美しい上に幸せになるなんて許せなくてね、私は娘が一人でふらりと出かけた時に、山に攫ってやったんだ」


 現実では、その後に賢者が急行してきたもんだから私は文句を垂れながら退散したのだが……。僅かな躊躇で私は黙る。怖がりながらも聞き入る少女を見て、私は話を盛って続けることにした。


 その時、開けっ放しの玄関扉の向こうで、光る金色の炎のようなものが空を泳いでいるのが見えた。妖怪・金霊かなだまだ。


「その皮を剥いでやろうと思って、私は娘の顔に爪を立てた。娘は怯えて泣いて、こう言った……」


 話しながら、外の様子が気になって視線を送る。


 泳ぐ金霊を、誰かが追いかけている。赤を基調とした丈の短い着物、裾は広く指の先まですっぽりと隠れてしまいそうだ。真っ黒な髪は角のように部分的に結い上げた、真っ黒な目の、強気な表情の少女……黒妖姫!? ぎょっとして目を剥く。


(あ、そうか。ナナシ山から最初に行ける現世って、扶桑国だっけ。転移ゲートみたいなのがあって……)


 にしても、追い出された場所の目と鼻の先にあるこの里に、即日来るってどういう神経してんだあの姫さまは。いや待て、さっき彼女は金霊を追いかけていた。金霊は『げーむ』にもいた。だが、戦闘用ではなく……。


(確か換金用キャラ──ってことは、金策用の常設イベント!)


 ハッとする。前世女が興奮し、私はつられて声に出した。


「──キンタマ狩りだァ!!」


 なんて略称で呼んでんだ、お前。


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