壱◆3
(今のは
頭に響く楽しそうな自分の声に苛々しながら、私は次々と宴会場に流れていく神や仙人に混じって現場に連れられる。拘束された妖怪の姿はさすがに出入口で見張りの仙人に止められたものの、賢者の監視付きならばと条件付きで入場が許可された。
頭の中も外も騒がしい宴会場の隅に寄り、私は辺り一帯を見渡した。
広い御座敷の中央を空けるように並んだ机と座布団。豪勢な食事も見事なものだが、どちらかといえば神々の大きさ(神仙は人間からの信仰によって、その体躯の大きさが変わる)に合わせた食器の数々の方に目が行ってしまいそうになる。その辺の浴槽より大きな盃なんてよく用意したものだ。
装飾や眩しいぐらいに色とりどりの衣服につられてしまいそうな視線を、楽し気に白神姫を囲む神仙らにやる。巫女時代から知っている神仙もいれば、まったく見知らぬ者もいた。前世の記憶とも照会してみるが、ほとんど合致する者はいないようだ。
「どうかな」
横目で賢者が私の顔色を窺った。黒姫がいるかどうかを確認しているのだとすぐ分かり、私は首を振る。
「やー……。白姫と似ているから、すぐ分かるはずなんだけど」
「彼女が現れるのはいつ頃?」
「……白姫が神仙たちから贈り物を貰う時」
前世の『げーむ』を思い出しながら答える。隣から「なら、そろそろか」という賢者の声がいつもより近く聞こえたので確認程度にちらりと彼を見──喉に唾が詰まりそうになった。
(背伸びしてる……っ! 周りが背の大きい神様ばかりで周囲が見えないから、背伸びを……っ! か、かわっ、かわ……)
そりゃあ、成人女性の平均より少し高いぐらいの私より、頭一つは背が低い賢者は背伸びをしないと周りが見えないだろうけれど。馬鹿にして笑いたいのに愛しさが溢れて来て大変困る。
(ゲームだとステータス画面以外はどのキャラも皆同じサイズのミニキャラだから、こうやって身長差あるのが分かるの楽しー! そうだよね、背伸びするよねぇ、可愛いねぇ)
「……幼子を愛でるような感情で僕を見るのはやめてくれるかな」
「お前が愉快なことしてっからだよ……ッ」
視線に気づいた賢者が目を合わせ(瞬間的に私は目を逸らしたが、一瞬でも交われば分かるのだろう)、私の感情を読み取り真顔で言う。
「仕方が無いだろう、生まれつき小柄なんだ。普段なら浮けばいいけど、さすがに大勢の神仙の集まりでそんなことをすれば失礼だからね」
「祝いの席なんだし無礼講だろ。高い高ーいってしてやろうか」
「遠慮しておくよ」
私の煽りを賢者が軽く無視した時だった。
「それでは、私からはコチラを」
神仙の一人が、上等な反物を白神姫に差し出した。それを皮切りに、周囲の神仙らが「では私はこれを」「私はこんなものを用意しました」と次々に持ち寄った金銀財宝の類を白神姫に贈り始めた。
神仙同士のお祝いは、こうして様々な宝物や衣服の類を贈るのが定番だ。そうやって与えられた物と神を結び付ける事で、人間が同じ物を愛でたり大切にした時に信仰を得る事ができるのだそうだ。そうして、神の名や存在を知らずとも多くの信仰を得、力をつけて行く。それが神仙の生態だ。
贈られる物を見る限り、白神姫は親の白神と同じく、『白い物』を司る神仙となるらしい。後を継げば親のように、白い生き物にでも姿を変えて人を導いたりするのだろう。
(このタイミングで、黒姫さまが来るはず……──)
目を凝らす。『げーむ』の絵を思い出しながら、周囲を見る。そして、
「……来た」
見つけた。
盛り上がる神仙に混じり、一人の少女が手まですっぽり隠す長い袖を揺らしながら大股で白神姫に向かって一直線に近づいている。真っ黒な髪を角のように結い上げ、真っ黒な目は吊り目がちでぱちりとした少女だ。整った顔立ちは白神姫に似ているが、穏やかな表情をしている白神姫とは違い彼女は勝気に微笑んでいる。赤を基調とした短い丈の着物の裾から覗く白い膝は華奢だというのに、彼女の異様なおぞましさに誰もがすぐには動けない。
この場に似つかわしくない、莫大な妖力だ。
形の良い唇が笑んだ形から開く。紡がれる台詞を、私は知っている。
「──おめでたい席ね、アタシも混ぜなさいよ」
『げーむ』通りの声だった。
(き、きききき、き、来たー! 黒姫さまーっ!)
歓声を上げる思考につられて、私は目を大きく見開き少女を食い入るように見つめた。
彼女から溢れる妖力が、泥のように周囲の畳や壁にへばりつく。なんて禍々しい、混じり気の無い純粋な妖の力だ。『げーむ』で妖怪たちが黒姫の味方になる気持ちが分かる。大妖怪と呼ばれる名だたる存在よりも、彼女の妖力に惹かれてしまうのだ。例えるならこれは、王に対する忠誠心に等しい。
しかし好意的に捉えるのは妖怪となった私のような者くらいのもので、白神姫を含む多くの者はギョッとした顔で仰け反った。
「あ、貴方……っ!? どうしてここに……!」
「つれないじゃない。アタシを置いて皆で楽しいことするなんてね」
「招待状は出していないはずよ! 誰か! 摘まみ出して!」
怯えて震えた声で白神姫が指示を出す。黒姫はニヤリと口の端を歪め、周囲にいた神仙や白神姫を守ろうと駆け寄ってきた仙人を妖力で吹き飛ばした。
(キャーッ! ゲーム通り! ゲームのチュートリアル戦だ、これ! 再現度ヤバい! うわっ、過疎ゲーがフルボイスなだけでなく実写映画に! しかも成功パターンの奴! 嬉しー!!)
前のめりになった私だったが、後ろから、ぐい、と引っ張られて我に返る。賢者の神通力で拘束されたのを今思い出した。忌々しく引っ張っられた方向を睨みつければ、賢者がさほど焦っていない様子でこちらをじっと見つめる灰色の目と目が合った。心臓が殴られたような音を立てて一瞬止まった。
(おぶぁ!? きゃわ……)
「ッ……ンだよ」
「いや。君が彼女に飲み込まれそうになっていた気がしただけだよ」
「……気のせいだろ」
「そうみたいだね」
静かに彼は黒姫に視線を戻した。黒姫は仙人たちの攻撃を避けながら、『げーむ』通りの台詞を吐いている。
「よくもアタシを閉じ込めてくれたわね! さあ、これがアタシからの贈り物よ! 受け取ってくれるわよね──っあぁ! ちょっと! 何するのよ!」
広い袖の下で黒姫は手を動かした。手指の動きで何かの術を発動させようとして、攻撃を躱した時に不規則な動きが加わり、そのまま発動した呪いが白姫を襲う。
「きゃあっ」
白姫が悲鳴を上げ、蹲る。彼女を助けようと近づいた仙人の一人がバタリと倒た。
「なんだこの呪いは!?」
「命が吸われる……!? 駄目だ、白神姫様に近づくな!」
周囲の騒ぎを聞いて、黒姫は最初「え!」と驚いた声を上げ、すぐに「やば……」という顔をし、実際に口をそう動かした。これも『げーむ』通りだ。しかし、『げーむ』では分からなかった部分がこれで分かった。
(そっか、分かった! 黒姫さまが呪いの解き方が分からなかった理由! あらかじめ用意していた呪いの手順に、意図していなかった動きが混じっちゃったんだ!)
攻撃を避けようとする無意識の動きが入ってしまったことで、黒姫は呪いの手順があやふやになった。おまけに本人が自身の妖力の強さに無自覚だった故に、予定していたよりも強力な呪いになってしまった……ということらしい。
(謎が解けてすっきりした~。あ、でもどうしよう。白姫さまの呪いの解き方って、原作で出てこないまま終わっちゃったんだけど……)
今更ながらにこの後はどうしようかと思っていると、黒姫の方をじっと見つめたままの賢者が「ねえ」と私に話しかけて来る。
「預言者は、この後どうなると言っていた?」
「……白神が来て、黒姫をこの場から追い出す」
(追い出された先でたどり着くのが、えーと確か……デフォルト名は、初期は“えいしゅう”、後から“ナナシ”になったんだったかな? プレイヤーが名前をつけて、ペレイヤー名兼、拠点になるんだよね)
「エイシュウ……?」
聞いたことはあるが、なんだったか。思わず単語を繰り返すと、賢者は「桃源郷が三神山と呼ばれていた頃にあった山の一つだ」と答えた。
「盟約を結んだ直後に妖怪たちに占拠されて、誰も手を出せなくなってしまっている。白神様の加護も無いから蜃気楼で隠されてもいないし、今はもう桃源郷として扱われていないね。 “ナナシ山”と呼ばれることが多いかな」
「そういや、そんなトコあったな……。黒姫はそのナナシ山に飛ばされるってよ」
「へえ」
やや興味深そうに賢者は相槌を打った。
前世の記憶通り……いよいよ預言めいて来た。とすれば、先ほど言った通り、この後は──。
「──我が娘の祝いの席で、粗相をするのは誰ぞ」
騒然とする会場に、重々しい声が降りかかる。途端に取り乱す神は安堵し、仙人たちはその場で動きを止めて頭を垂れた。今この場で立っているのは、黒姫と、阿呆臭いと思ってその光景を眺めていた私ぐらいだったが、呆れ気味に賢者の力で座らされたので、小柄な黒姫が広い空間でぽつんと立っている状態になったと同時に、閉じていた奥の襖が開いた。
姿勢はそのままに、私は目だけを持ち上げて部屋の奥を見た。吹き抜けになった広い空間があるようだったが、霧が立ち込めていてそこにいる人物の姿は視認できない。ただ、強大な神力を持った何かがいるのだけは、肌を刺すような痛いぐらいの空気で分かる。
(やっぱ、姿は見えないか……)
前世の『げーむ』でも、白神の姿形は分からない。巫女だった過去も、白神の声は聞いたことがあるが姿はやはり捉えられなかった。気に入った者の前でのみ白い生き物の姿を形どると言われる神だ、場を荒らした黒姫には姿を作る必要無しと判断したのかもしれない。が、前世の感情は項垂れて、つられて私もがっかりする。
(いやあのさぁ……ゲームではグラ用意されてなくてもいいよ別に、なんか霧が立ち込めていたらスゴイ存在がいる感じ出るじゃん? みたいな感じで誤魔化せるけど、現実はそれやられても困るんよ)
前世で神はどういう扱いだったんだ。
思わず声に出してしまいそうになったのを飲み込み、黒姫の様子を窺う。
予定とは違う呪いをかけてしまったことに多少焦っていた黒姫だったが、やってきた白神と対面すると、腕を組んでふんぞり返り、臆することなく白神を真っすぐに見上げた。
「……あら。娘の名前も忘れたのかしら。白神もボケることがあるのね。アンタが奈落の底に閉じ込めておいた、可愛い可愛いお姫様よ」
「数々の目に余る狼藉で、ついには神力の全てを失い妖力に飲まれた暗闇の姫よ。お前は永久封印としたはず。どのようにしてここまで参った」
「封印? あのしょっぼい檻のこと? 普通に壊れたわよ」
(タップ連打のミニゲームで壊したな~)
軽薄に壊した事を告白する黒姫と前世の記憶に、私は堪え切れずに少し息を洩らした。この無遠慮な性格、結構好きだ。賢者に拘束されていなければ、この黒姫について行っていただろう。
(でもこれ、負けイベントだから。ごめんね、黒姫さま……)
先を知っている以上、そんな馬鹿な真似はしない。
前世の記憶通りに、物事は進んでいく。白神の力によって拘束され、体を持ち上げられた黒姫は、抵抗虚しく、その身に余りある妖力を引きはがされてしまう。
「あ、うぅ……!?」
「敬いの心を捨てた者、お前はもはや我が娘にあらず」
「な、何よ……っ、アタシだってアンタの娘なのに! どうしてアタシを後継者に選ばないのよ! どいつもこいつも、見る目が無いんだから……!!」
「我が言葉を課す──“神域への侵入を固く禁ず”」
白神の言葉が、術となって黒姫の体に刷り込まれる。これで黒姫は、神奈備や桃源郷、常世といった神域に足を踏み入れられなくなった。
全ての妖力を失い、真人と同じ──否、仙人は妖力と神力がある分、筋力がつかず体がひ弱であることを考えると、力の全てを失った黒姫は武力に適正がある真人にも劣る──黒姫は、それでも力いっぱい叫んだ。
「覚えていなさい! アタシを敵に回した事、後悔させてあげるわ!」
三下の敵役みたいな『げーむ』通りの台詞を吐いて、黒姫はどこかへと飛ばされた。
(はわ~……これでナナシ山に行って拠点説明に入って、チュートリアルが全部終わりって感じかぁ……ハっ! 今は黒姫さまがいなくなった後の八又神殿の様子が見れる!? 裏エピソードが聞ける!?)
それは楽しみ……じゃねえ! 危うく前世の思考に飲まれて浮足立つところだった。やれやれ、と一つ息を吐いて落ち着いていると、白神姫の弱弱しい「お父様……」という声が聞こえ、私は顔を上げた。
「わ、私……私は、どうなってしまったのですか……?」
涙目になって蹲る白神姫に纏わりつく呪いを、白神は解こうとし──弾かれた。霧の一部が一瞬、穴が空いたように広がり、じわりと戻っていく。
「これは……なんと禍々しい。あやつめ、最後に恐ろしい呪いを残していきおったか」
「お父様……?」
「触れた他者の命を奪う呪いだ。解ける術を見つけるまで、お前は誰とも関わってはならない」
「そんな……!」
蓬莱山の統治者、神仙としても破格の力を持つ白神ですら解けない呪いに、周囲はどよめく。私は他人事ながら少し嬉しくなる。
(ふふふ。やっぱ黒姫さまは最強! さすが、鬼すら引きずって歩く女と呼ばれたお姫様! 戦闘でも呪いのエキスパートとして味方のサポートしてくれるもんね!)
なんだか誇らしくなっていると、隣で賢者が挙手をした。周りの神々の視線が一斉に集まり、さすがに私も表情を取り繕う。まさかとは思うが、『この妖怪が、こうなると知っていて黙って見ていました』とでも告げ口なんてしないだろうな?
じろりと睨むこちらを無視し、賢者は小さな口を開けた。
「発言の許可を」
「……高木神の子、高従か。お前はこの場に呼んでいないはずだが……まあいい、申せ」
「その呪い、解いてみせましょう」
おぉ、と周囲から期待の声が上がる。事前に黒姫が呪いをかけることを聞いていた賢者は、黒姫が使った呪いの手順を見て覚えていたのだろう。最悪の予想が外れてホッとし、立ち上がった賢者の、小さな背中にときめく前世を押し込めて見送る。
さて、逃げるか。
そろりと賢者とは反対の方向へ移動をしようとした刹那、私は賢者に引きずられて白神姫の前に連れ出された。
「ちょ、ちょっと待て! なんで私まで……」
「君が少しでも逃げ出そうという素振りをしなければ、こんなことにはなっていなかっただろうね。短絡的な自らの行いを悔やむといい」
クソ、バレてた。
舌打ちをして賢者の隣で胡坐をかく。白神姫は数刻前に自分を襲った妖怪が目の前にいる事に怯えたのか、賢者と親である白神とを交互に見やる。
「解呪を行います。動かないでください」
「は、はい……」
賢者に言われ、白神姫は大人しく従った。視界に私が入るのが怖いらしく、彼女は膝の上で拳を握って目を閉じた。それを合図に、賢者は手を合わせた。
神力が白神姫を包む。呪われた箇所を洗い出し、その一つ一つを逆順に、黒姫が行った呪いの手印を解いていく。黒姫が攻撃を避けた結果想定していなかった動きすらも再現し、賢者は解呪を成功させた。
「……終わりました」
言い終わってから、賢者は張りつめていた緊張を解くように息を吐いた。あっさりやってみせているように見えて、かなり力を使っているらしい。
まあ、神通力で私を拘束しながら、神仙が力ずくでは壊せない呪いを解呪したのだから疲れるのは当然だろう。だから距離取ってあげようとしたのになー、あーあ。と今思いついたことを、さも彼の為かのように思っていると、何か察知されたのか賢者に睨みつけられてしまった。
(んんん可愛いー!! ちょっと待ってほしい、あのムッ、としたへの字のお口! 棒付きキャンディ食べててほしい~。苺飴とか無いかな。最高品質の3Dモデルほんと……お金払わなきゃ……)
嫌ってる相手に向ける表情見てこんなにい可愛い可愛い言えるとか、無敵かよこいつ。今は自分自身の一部となってしまった前世の感性に引いていると、解呪が終わってしばらく呆然としていた白神姫が、周囲の拍手や歓声を聞いて我に返った。
「あ、あぁ……と、解けたのですね……? 私、誰かに近づいても大丈夫……?」
「勿論です。今まで通り──」
表情を取り繕い微笑んだ賢者の言葉を遮って、白神姫は勢いよく賢者に抱き着いた。疲れていたからか、それとも神仙を振り払うことが出来なかったからなのか、賢者は倒れそうになりながらも彼女を受け止めた。
賢者も含めて何か言おうとした周囲は、
「よか、よかった……ありがとう、っありがとう!」
ぼろぼろと嬉し涙を溢して感謝する白神姫に何も言えなくなってしまったようで、白ける私を他所に、暖かい眼差しで彼女を見守ることとなった。
……そういえば、賢者を愛する前世的にはこの光景はどうなのだろう? すこしも痛まない心に目を向けてやれば、
(白賢か……アリだな。正直絡みのない顔カプとか無いわーって思ってるんだけど、これは絡みあるってことでいいよね? 原作に無いから駄目か……? いや、アリ……アリってことにすれば、ネタが……待ってこれ賢白? どっち?)
脳みその容量を全て使いそうな勢いで悩み始めた思考に蓋をする。
こいつは賢者絡みならなんでもいいらしい。
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