壱◆2

(駄目だよ至近距離の賢者君なんて一秒未満に収めてくれないと致死量なんだってば!)


 気を失う直前、言葉にならない言葉を叫ぶ思考は、おおよそそんなことを言っていた。


 ……。

 …………。


「……その。一応、やれるだけやってはみたのですが」

「構わないよ、ありがとう。とりあえずこれで、神仙の前には出せるだろう」


 暗転した視界の向こうで話し声が聞こえた。まだぼんやりとした意識が徐々に目覚め、体中がじん、と痺れるような痛みに包まれているのが分かる。擦り傷に塩でも塗り込んだような痛みだ。風呂にでも浸けられたか。


「本当に……これが、あの空従の巫女さまなのですね」

「……昔の事だ。今更、仙人の頃を思い出したとしても、元のようには戻れないさ」


 思い出したくもないようだしね。そう小さく付け足した賢者の声に思うところがあったのか、会話をしていた女性の声の主は「私はこれで」と、そそくさと去っていった。


 静かな足音が遠ざかっていくのを聞きながら、私は薄く目を開ける。廊下と部屋を区切る障子は開けっ放しで、よく手入れされた庭園が見える。庭を囲むように板張りの廊下が続き、等間隔に五色の組み紐で吊るされた灯りが揺れている。見知らぬ──いや、巫女だった頃に何度か訪れている記憶がある場所だ。


 神奈備かんなび。普段は常世とこよや桃源郷といった閉じた世界に住む神仙が、人との交流の為に用意させた領域で、ここであれば妖力や神力を持たない真人も神の姿を拝むことができる。まあ、仙人や神職の人間が厳重に警備していることを思うと一般人が気軽に入れる場所ではないので、結局のところ選ばれた人間しか利用できないのだが。


「……八又神殿か」


 覚えのある名を出せば、起きたのか、と言いたげに、離れて行儀良く座っていた賢者がちらりと視線だけを私に寄越した。


(コンパクトに収まってて可愛い〜。胡座じゃなくて正座なのもポイント高い、天まで届け)


 その視線と、一定距離があればベラベラと語る思考を無視して、私はまず着用している衣服を確認した。普段は巫女服を片袖脱いでいるのだが、今は両袖に腕を通して襟もきちんと揃えてあった。目覚める直前までここにいた女性仙人にでも整えられたのだろう。髪も梳かされ、皮膚にこびりついていた泥汚れも落ち、さっぱりとした状態がどうにも落ち着かない。


 げんなりしながら周囲を見渡す。気持ちとは裏腹に、思考はなんだか珍しいものを見る機会に巡り会えたみたいに明るく、周囲に目が向く。


(原作だと、序盤しか見れないマップだから、再現度が分かんないなぁ……別垢でリセマラした時にスクショ撮ってはいたけど、こんな部屋があったかどうか……)


 前世の記憶を探ってみる。『げーむ』に登場する背景はすべて単調化されており、そのほとんど影で塗り潰したようになっていて細部が分からなかった。


(あ、でも伊予簾いよすだれはあった気がするし、この和箪笥の形もシルエットであったかも! 実写化したらこんな感じかな~)


 神通力で腕が拘束されていたので反動をつけて体を起こし、周囲をキョロキョロとする。巫女時代から変わっていない様子の庭園で、薄暗い中せっせと仙人らが急いで剪定をする姿があった。神々は日程を組むという発想がないのか、気まぐれに宴を始める傾向にあるので、宮殿仕えの仙人は飾りつけやら予定にない食事の準備やらを急遽始めなくてはならない事がある。巫女時代に私もやったから分かる。はた迷惑なもんだ。


 私が起きたのが彼らにも見えたようで、仙人らは眉をひそめて小声で話し始める。


「おい、あれ……」

「空従の名も、落ちたものだな……」

「なんと醜い……」


 それで聞こえないように話しているつもりか? 食ってかかってやろうかと思った矢先、私と庭園を遮るように障子が半分だけ閉まり、私は開きかけていた口を閉じた。賢者が神通力で動かしたらしい。障子が閉じていない方に座っていた賢者は、顔色を変えずに言う。


「例え事実だとしても、聞こえるように人を悪しく言うのは感心しないよ」

「し……失礼しました」

「次から気を付ければいいさ。お仕事頑張って」

(庇ってくれたの? それはなんかこう……)


 薄く微笑んで会話を切り上げた賢者が、視線を私に戻した。こちらの心の声でも読んだみたいに、彼はわずかに眉をぴくりと反応させた。


「君みたいなのを揶揄しただけで神力を奪われては、彼らもたまったものじゃないだろ」

(違った~! 解釈一致過ぎて涙で川の水位上がる~!)


 思考につられてニヤけそうになり、私は精いっぱい視線を逸らして息を吐く。落ち着こう。ここで賢者を見ながら嬉しそうにニヤニヤして万が一にも好意など悟られたらと思うと、ぞっとする。これは私の尊厳の問題だ。


「何言ってんだか。巫女の頃にも色々言ってきた奴はいたが、それで神力を失った仙人はいない──んア?」


 喋りながら違和感を覚えて、私は言葉を途中で止めた。


「あれ。反転術が……」

「ああ。限定的にだけど、術が発動しないようにしたからね」

「神仙の術だろ、これ」

「僕の父の術でもある。だから多少は覚えがあっただけだよ。さっきも言ったが、限定的なものだからね」


 効果範囲は広くない、と賢者はあっけらかんに続ける。


「僕の目が届く範囲までだ。それと、壁に阻まれると効果は薄れるからね」

「お前千里眼使えるだろ」

「使えるけど、疲れるから嫌だよ。分かったら、質疑応答の間はじっとしていてくれよ」

(さすが賢者君! 賢者って呼ばれるだけある! だって神仙の術って、神仙同士でも解けなくて、術を使った神様にしかどうにもできないって設定なのに──っていうか質疑応答ってなんの?)


 嬉しそうな思考が急に我に返る。お喋りが止まってくれた助かるが、同じく疑問に思って私は首をひねる。


「……」


 考えていた事が顔に出ていたらしく、賢者は私を馬鹿にする目で黙って見つめて来た。いつもならいきり立つところだが、


(やったあああ! 原作にはないけどキャラ解釈は完全一致の表情差分ありがてえ~!! 過剰供給! ヤバい! スクショ……あっ、スマホないんだった……)


 湧き上がる感情は喜び。まさに狂喜乱舞。拘束されていなければ私は訳も分からずこの場で舞っていた気がする。こんなにも賢者に拘束されていて安堵する日が来るとは、人生とは分からないものだ。


 『すまほ』とやらが無いとのことで、落ち着いた(というよりは本気で落ち込んでいる)心情に私がやれやれと肩をすくめていると、賢者は難しい顔をして首を振った。


「……数刻前から、君が何を考えているのか分からないな」

「奇遇だな、私もだよ」

「自分のことだろ、しっかりしてくれ。──はぁ。質疑応答についての説明をしておこうか」


 賢者が佇まいを直して私と向かい合う。私は思考が色めき立ち騒ぎ出す前に顔ごと視線を逸らす。瞬間、賢者は声色を変えず淡々と、しかし咎めるような調子で、自らの膝を軽く叩いて音を立てた。


「ちょっと」

「いや、できればこっち見ないでくれる……」

「人と話す時は向き合い、目と目を合わせてするものだと分かっているだろ」

「誰のせいでそれできねえと思ってんだよ! お前の変な術のせいだからなコレ!」


 仮に変な術を使われずにいて、平常心を保てたとしても、毛嫌いしている奴の目を見て顔を合わせて会話する気なんてさらさらない。私の意地に根負けしたのか面倒だからもういいやとなったのか、賢者は小さくため息を吐いて説明を始めた。


「ここに連れて来る前に伝えた事は覚えているね?」

「空神が私に空従に戻れって言ってんだろ」

「そう。だけど、神々が皆、その提案を良しとしているわけじゃない。妖怪になった仙人が、再び仙人に戻った例はあるが、それはその者の並々ならぬ努力と信念あってこそ。君もそうだと言えるかは……ハッキリ言って疑わしい」


 今の態度も含めてね。そう付け足して、賢者は続けた。


「だから、神々は君の心内を問うつもりだ。仙人に戻れると判断されれば、君は空神の提案通り空従に戻ることになる。戻れないと判断されれば、君は良くて監獄送り、最悪の場合はその場で妖力を奪われ首を切られるだろう」

「問答無用で封印でもすりゃいいだろ……」


 面倒くさい猶予なんて与えずに、神の権威とやらで処罰すればいいのに。そう思っての私の一言に、賢者は「僕もそう思うよ」と肯定して、一拍置いて「これは」と複雑そうな声で言う。


「天邪鬼……今の君に与えられた猶予ではない。空従の巫女として、模範的な仙人として、多くの神仙から信頼を得ていた過去の貴方に与えられた猶予だ」


 カラリ、と遊環が鳴る。反射的に身構えるが、想像していたような攻撃は飛んでこず、ただ錫杖が私の頬を押して賢者の方に顔を強制的に向き合わされただけだった。


(──)


 騒ぎ出しそうだった思考は、対面にいる賢者のあまりにも真剣な表情に飲み込まれて黙り込む。


「──だから、無駄にしたら許さない。その為に君の嘘つきの原因を限定的だが解いたんだ。誠心誠意、仙人に戻り空従としての務めを果たすと誓ってくれ」


 ……なんでこいつにこんなこと言われないといけないのか。許す何も、それを決めるのは賢者ではない、神仙だ。どうにも彼の言い分が鼻につき、私は首を振るようにして顎先で錫杖を押し返す。


「あーもう! 好き!」

「は?」

「違ぇ!」


 黙っていると思っていた思考が声に出てしまった。拘束されている手前、頭を打ち付けることもジタバタする事も出来ず、私は声を荒げる。


「だアーッ!! どうにかならんのか、この馬鹿女の欲望駄々洩れ前向き恋慕は! なーんで、この私がこんな男に告白なんぞせねばならん!」


 ぽかん、とする賢者にも腹が立って、私はキッと睨みつける。が、思考は一気に色めく。


(ひゃー! 可愛い! 常に冷静で誰に対してもほとんど態度を変えない賢者君が、呆然としている!! こんな光景をタダで見ていいんですか!? 米俵三年分ぐらい奉納したほうがいいのでは!?)

「うるせえー! 農家になってから言え!!」

「……君、さっきから思考と、口から出て来る言葉が全然違うけど大丈夫かい?」

「ア!?」


 純粋に心配されたのも鬱陶しくて凄んでみせてから、賢者の言った意味に固まる。


「え、は? 思考が、なんて……?」

「言ってなかったか。僕はさとりの子でもあるから……母ほどではないけれど、他人が考えている事が色や形になって見えているよ。視線が交わっている間だけだけどね」


 妖怪・さとり。今は現世の国の一つ、青丘国せいきゅうのくにで祀られている大妖怪だ。人の思考を覗き見る事が出来るという特性を生かし、人神妖平等の盟約の際に人や妖怪たちの架け橋になったと言われている。盟約が結ばれた後、神仙の誰かとの間に子を儲けたとは聞いたことはあったが……まさか覚の子が賢者だったとは。いや、今は賢者の親が誰だとかはどうでもいい。問題は彼にも覚と同じような力があったという点だ。


 冷や汗が滝のように背を伝う。つまり、それはつまり……。


(じゃあ初登場イベントの時に黒姫さまの話を遮ってバトル始めたのって、『あーこの子、悪い事企んでここに来たわけじゃないんだなぁ』って思いながらやってたって事……!? 初耳……!)


 そっちじゃねえよ!


 どうにも逸れてしまう思考を押さえつけ、私はとにかく確認する。


「ど……っどの、くらい読めて……」

「急に何故か好意を持たれたな、ぐらいには……」

「うばあああァあッ!!」


 私は飛び上がって叫び、畳の上で跳ねたり転がったりして己の中の羞恥と戦った。そんな私を無視して賢者は、「直前にやったことと言えば、記憶封じの解術だけだ。他に思い当たる節が無かったが……」と続けていた。放置をくらっている現状だというのに、思考の方はというと、


(マイペース最高~!!)

「被虐趣味でもあんのかこの女ァ! お前もお前だ賢者! 分かってんならもっと顔に出せ! 冷静に分析するな!!」

「そんなこと言われても」


 キレて暴れる一歩手前だった私を、賢者は神通力で再度拘束して畳の上に座らせた。否。座っているように傍目からは見えるよう、強めに拘束をしてその場に置いたという方が正しい。こうやって手も足も出ない状態にされるのもまた腹立たしい!


「君のさっきの発言を言葉通り受け止めるなら、君以外の誰かの思考が僕をそういう風に見ていたということか。それが嫌で、君は頭を打ち付けたりしていたのか? もっと他にやりようはあったと思うけど」

「解釈一致の苦言を呈するな! 愛しくなる!」

「愛の言葉を脅しとして向けられたのは初めてだよ」


 大きな声で騒ぎ過ぎた。庭園で作業をしていた仙人らが、当惑顔で道具を片付けいそいそと立ち去って行った。絶対に勘違いされた。クソ。『げーむ』と解釈を完全一致させた言動しかしない賢者とそれを喜ぶ内心に、だんだん腹が立ってきた。


「お前の術のせいで、お前みたいなクソ野郎の信者を脳みそで飼う羽目になって困ってんだよ!! どうにかしろ!」

「記憶封じの解術に、他人の思考を混ぜるような効果は無いよ」

「前世なんだから記憶こじ開けりゃ出て来るんだよ!」

「前世が僕のことを知っているのはおかしいんじゃないかな?」

「三障いわく預言者だろうってよ!」

「ふーん」


 信じてないな、こいつ。あまりにも適当な相槌に片眉が吊り上がる。だが、正直言って賢者の気持ちも分かる。私も『前世は預言者で、丁度今この時代を予言していて、目の前にいる貴方の事を好きだと言っています』とか言われても、何言ってんだと思うに違いない。……というか、できれば私自身もこの賢者大好き女を自分の前世だと認めたくないので、一時的に混乱している自分の頭がひねり出した妄言であってくれたほうが嬉しい。


「……よし、分かった」


 賢者は一つ頷き、冷めた目で私を見やった。可愛いと思ってしまったのが悔しいし、この感情がもれなく相手に伝わってしまっているのが嫌過ぎて、鳥肌が立つ。


「本当に君が前世を思い出したというのなら、その予言者が見た今後の大きな出来事を教えてくれるかな。それで真実かどうかが分かるだろう」

「……」

「なんでもいいよ。特筆すべき点もないほど平穏無事の世だというなら、それならそれで結構」


 ここで未来に起こるかもしれない事を語って、『げーむ』通りの出来事が起きそうならば事前に対策を講じ、自らの功績にする気だろう。賢者に全く損が無い提案に私は舌打ちをした。


 とはいえ、ここで面倒臭がって適当な事を言った結果、犬猿の仲の相手を何故か急に好きになった変人扱いされるのが一番困る。私は渋々前世の記憶の中で、これから起きそうな出来事を探る。


「白姫の……神位継承認定の儀の日。黒姫が来る」

「……黒姫?」

「黒妖姫っていう仙人の愛称だ。白神姫の、多分腹違いの姉妹。見た目が似ている……あー、目と髪の色が黒いけどな。神力はほぼないけど、バカでかい妖力を持っている」


 訝し気ながらも該当する人物を記憶の中から探そうとする賢者を視線から外し、思い出す。


 『げーむ』の最序盤、物語の始まりの部分。封印を自力で解いた黒姫は、白神姫の祝いの席に現れる。それは、白神姫が白神の後継ぎであるとするお披露目の場……『げーむ』では多くは語られないが、現実の知識と合わせれば、おそらく神位継承認定の儀だろうと想像がつく。


(いわばチュートリアル。ゲームの初戦闘。黒姫さまの台詞は確か、【おめでたい席ね、アタシも混ぜなさいよ】──)


 姉妹でありながら、白姫とは扱いが違う事に腹を立てていた黒姫は、神仙を呪うという暴挙に出る。


「黒姫は、儀式の場を荒らす……彼女は仙人では手が出せない強さだ。白姫は呪われて、仙人達は解呪法を探すことになる」

「……呪いはかけた本人が解けるはずだよね」

「いや……解けないんだよ」

「何故? 呪った時と逆の行動を取ればいいだけだ」


 そう、呪いは手順さえ分かれば簡単に解ける。手印をしたなら逆戻りの動きを、術を混ぜた水を吹きかけたのなら飲み、何かを書いたのなら逆順に消す。それで呪いは解ける。だが、黒姫の場合は……。


(確か、手順を忘れちゃうんだよね……黒姫さまは記憶力良いし、結構頭の切れるシーンも多いから、この最初期のポンコツっぷりだけはずっと謎のままなんだよなぁ)


 頭が痛くなりそうな理由だとは思ったが、私はとりあえずそのまま『手順を忘れたからだ』と賢者に伝えてみる。彼は多少呆れた顔をしたものの、すぐに真面目な表情に戻して、考え込むようにやや俯いた。


「複雑な手順をうろ覚えでやってしまった。結果、術者本人にも解呪のやり方が分からなくなった。……という事例は過去にもある。その黒姫とやらも、その類の失敗をしたと仮定しておこうか」

(口元にあてたお手手ちっちゃくて可愛い~。頬っぺたふわふわでもう……あぁ~これで五百歳なのほんとズル……)

「それじゃあ、行こうか」

「……。……ア? どこに?」


 どうにかして思考を抑え込んで黙らせられないかと、賢者に向ける感情とは別の部分を使って考えていたので反応に遅れた。私が立ち上がる前に神通力で運ばれながら聞くと、賢者は手早く自身の身だしなみを整えて廊下に出て振り返った。


「黒姫とやらが現れる神位継承認定の儀の日というのは、今日だからね」

「……それはまた随分間のいいことで」

「お祝いが終わってから、神仙の何人かが君に問答をする予定だったんだけれど、君の前世の預言者が本物だったら一大事だからね。端の方で様子を見ようじゃないか」


 尤も。と彼は間髪入れずに続けた。


「黒妖姫なんて名前の仙人が、本当に存在するならの話だけどね」


 特に怒りも呆れも無い、いつも通りのいけ好かない冷静さを保ち、賢者は神通力を手綱のようにして私を引っ張り静かに歩き出した。


 やはり、賢者にも覚えのない名前らしい。記憶力もあれば、人脈も広いこいつが知らないなら、黒妖姫は前世の想像上の人物に過ぎない可能性が高い。


 今までの説明が全部嘘だと判断されれば、賢者は神々との質疑応答の際に『天邪鬼は懲りずに嘘を吐き、僕を騙そうとした。反省の余地は無い』と口添えするはずだ。空神の提案に反対している神は賢者の意見を持って、私を罰する方向に舵を切るだろう。


 だが不思議と、不安はなかった。長く生きているせいか死が怖くないというのも勿論あるが、それ以上に前世を思い出した思考が前向きに言うのだ。


「……いるよ。お前がいるんだから、黒姫もいる──ってよ」

「だといいね」


 期待などしていない、という態度に、前世に寄ってしまった思考は落ち込むかと思ったが、存外元気に黄色い悲鳴を上げていた。

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