いつも俺の後ろをついてきているだけだった背の高いドジっ娘幼馴染みにわからせられる話

ハイブリッジ

第1話

〈朝・登校中〉


「あっ……なおちゃん、おはよう」


「うーす」


 俺が来るのを待っていたのは幼馴染みの藤山和花ふじやまのどかだ。


 昔からどんくさくて弱虫で人見知り……。いつも幼馴染みの俺の後ろに付いてきていた。


 高校生になってもドジなところは変わってないし、学校で俺以外の人と話しているのもほとんど見たことがない。


「今日の古文の宿題やってきた?」


「もちろんやってないぞ」


「だ、駄目だよ。先生に怒られちゃうよ」


「いいんだよ。古文なんて将来使わないんだから勉強するだけ無駄だわ。それよりもゲームとかの方がよっぽど役に立つし」


「も、もう尚ちゃん。そういうところは良くないと思う」


「うるさいなぁ。お前は俺の母親かよ。……あと和花、いつも言ってるけど俺の近くに立たないでくれ」


 和花は背が高い。俺が伸び悩んでいる間に和花は小学生の時くらいからぐんぐんと伸び始めて、今では180を超えている。


 和花の胸辺りに俺の顔があるので、いつも話す時は見上げないと顔を見て話せない。


「ご、ごめんね。でも私、声小さいし近づかないと」


「………誰もいない時は近づいてもいいけどよ、誰かいる時は離れてくれ。お前がデカすぎて、俺がチビに見えるからよ」


「う、うん気を付けるね」


 なんで神様はこんなドジの和花の背を高くしたのに、俺の身長は伸ばしてくれなかったのだろう。



 ■



 〈運動場〉



 体育の時間、今日は短距離走の授業だ。


「おい尚、見てみろよ」


 友人ののぼるが走る準備をしている和花を指さす。


「いいよなー……藤山さん」


「はあ? お前マジかよ」


「マジマジ。大マジだぞ」


 ……信じられない。登は和花のどこを見てそんなことを言っているんだ。


「だってよギャーギャーやかましくないし、小動物っぽくて守ってあげたい雰囲気なのに、胸も大きくて、スタイルも良いというギャップ……。最高じゃねえか」


「あいつ、超ドジだぞ。運動もできねえし」


「それもいいじゃんか、可愛くて。それにさ、普段はメガネなのに運動の時は外してるところとかも最高じゃない?」


「まあ……そういうもんなのか」


「はあー藤山さんと付き合いてぇわ」


「告白すればいいだろ」


「バカ。藤山さんを狙ってる男子がどんだけいると思ってるんだよ」


「えっ和花ってモテるのか?」


「当たり前だろ。だってめちゃくちゃ可愛いじゃん」


 そうだったのか。ずっと近くにいたせいで気づかなかったけど、和花って可愛いくてモテるのか……。


 いや、わからん。……俺がおかしいのか。



 ■



〈資料室〉


「っち……なんで俺がこんなことやんないと駄目なんだよ」


「せ、先生のお願いだから仕方ないよ」


 担任から今日日直だった俺と和花に授業で使った道具類を片付けてほしいと依頼された。


 自分で片付けろよと思ったが、言ったところでめんどくさくなるだけなので引き受けることにした。


「はあ……さっさと終わらせて早く帰ろうぜ」


「うん」


 えっとこいつは…………あの箱に片付けるのか。


「よっと……」


 棚の上に箱があって……くそっ……届かねえ。あとちょっとなのに……。


「ぐっ……このっ」


「大丈夫?」


 ひょいと棚の上の箱を取る和花。


「……邪魔すんなよ。俺が取ろうとしてんだから」


「ご、ごめんね」


「…………帰るわ。あと和花やっといてくれ」


「だ、駄目だよ。まだ終わってないもんっ!」


 鞄を持って帰ろうとすると、和花に手首をガシッと掴まれる。


「離せよ」


「い、嫌だ……。一緒に頑張ろう?」


 はぁ……。和花め、ちょっと俺より背が高くて上の方にあるものが取れたからって……調子に乗ってるな。


 ここは一回、改めて俺の方が上ってことを和花にわからせるか……。


 掴まれている手首を力ずくで抜け出して、俺の方が強いって見せつけることにする。


 いくぞっ……せーのっ!!


「…………ふっ!!」


 …………………………………………あれ? ぬ、抜けれない。


「ぐっ……! ………っ……!!」


「尚ちゃん?」


 何回も抜け出そうとするが全く抜けれない。手首を枷で固定されてるみたいに動かない。


 あと動くと……い、痛い。和花、どんだけ必死に握ってんだよ。


 ………………仕方ない。今日は諦めるか。


「……わかった。やるから離してくれ」


「う、うん」


 頷くとパッと掴んでいた手首を離す和花。


 ……痛かった。めちゃくちゃ痛かった。うわっ……手首を見てみると和花の手の跡が残っていた。


「……和花、お前力入れすぎだろ。めちゃくちゃ痛かったぞ」


「えっ……私そ、そんなに力入れてないよ?」


「はあ? 嘘つけよ」


「う、嘘じゃないもん」


 ちょっと泣きそうな顔で訴える和花。……どうやら嘘ではないらしい。昔から付き合いなのでわかる。


 じゃ、じゃあ本当に手首を掴んでいた時は加減してたのか? ……あり得ない。


「……和花、今から腕相撲するぞ」


「えっ……ま、まだお仕事終わってないよ」


「後回しでいいんだよ。ほらやるぞ」


「う、うん」


 使っていない机ををちょうど見つけたので、そこで腕相撲をすることにした。


「本気でやれよ」


「うん。わかったよ」


「いくぞ。よーい……のこったっ!」


 掛け声と同時に力を込めるが和花の腕はピクリとも動かない。う、嘘だろ……。


「くっ……!!」


 握っている手はとてと柔らかいのに岩と腕相撲してるみたいだ。


「……尚ちゃん?」


 こっちが必死になって力を振り絞っているのに和花は涼しそうな顔をしている。


「…………え、えっと」


「……や、止めだ、止めっ!! そういえば俺、今怪我してたの忘れてたわっ!!」


「そ、そうなの?」


 慌てて握っていた手を離す和花。


「だ、大丈夫尚ちゃん? どこ怪我してるの?」


「えっ!? ……う、腕だよ。だから本気出せねえんだったわ」


「……な、なんで怪我してるのに、腕相撲しようなんて言ったの?」


「そ、それは…………。ほ、ほらそんなことより、さっさとこれ終わらせようぜ」


「う、うんそうだね」


 ……きょ、今日は調子が悪かっただけだ。じゃないと俺が和花に負けるわけない。いやそもそも負けてないし、腕相撲は引き分けだったし。


 今度は体調を万全にして、絶対和花に完膚なきまでに勝ってやる。



 ■



 結局、昨日は悶々として全然眠れなかった。


 まぶたを閉じると腕相撲をしていた時の和花の顔が浮かんでくる。


 俺が必死にやっているに和花は余裕な表情……。


「…………っ」


 あの和花だぞ。ドジで弱虫で、いつも俺の後ろを付いてくることしかできない和花に……。


「な、尚ちゃん、おはよう」


 今も掴まれてた手首が痛いし。あの時は骨折れるかと思ったわ。男子より力が強いんじゃないのか。


「な、尚ちゃん?」


 あれで本気でやってないとか……やっぱり嘘だろ。でもあの時の和花の顔は嘘を吐いてる顔じゃなかったし。


「…………あ、危ないっ!?」


「えっ――」


 横から和花に押し倒されていた。クラクションを鳴らしながら車が走り去っていく。


 どうやら車が来ていたのにそのまま行こうとしていたみたいだ。もう少しでかれるところだった。


「……いっ……」


「だ、大丈夫っ!?」


「あ、ああ。ありがとうな」


「よ、よそ見してたら危ないよっ!」


「……ごめん。今度からは気をつける」


 今回は和花に助けられたな。考え事をするのもほどほどにしないと。


「…………和花、そろそろどいてくれよ」


「…………」


「和花?」


 呼び掛けるが和花は動く気配がない。聞こえてないのか? ったく……。助けてくれたのはありがたいがいつまでもこの体勢は恥ずかしい。


「んしょ……っ…………くっ」


 ……全然起き上がれない。


「……尚ちゃん。もしかして今、起きようとしてる?」


「お、お前が重くて起きれないんだよ。早くどけよ」


 じたばたするが微動だにしない和花。この感じ……昨日と一緒だ。ふと和花を見てみると獲物を見つけた時の狩人のような目をしていた。


「……そっか」


 和花はボソッと呟くとようやく俺から退いてくれた。


「ごめんね、尚ちゃん」


「なんでずっと上にいたんだよ。早くどけよ」


「ちょっと考え事してて。……私、どんくさいから」


「おいおい。今俺に注意したばかりだろ」


「…………そうだね。気を付けるね」



 ■



 あの日から和花は変わっていった。


『尚ちゃん。駄目だよ、そんな風に言ったら。もっと丁寧な口調にならないと』


『ふふっ……尚ちゃんって筋トレしてるんだ。……偉いね、撫でてあげようか?』


『えっ? 筋トレしてるから今度は私に腕相撲で圧勝できる? そっかぁ……そっかぁ』


 いつもおどおどしててドジな和花じゃなくなっていた。


 たまに和花の俺を見ている時の目が怖く感じることがある。


 ……ムカつく。ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくっ!!


 あいつはドジでのろまでいつも俺の後ろを付いてくる……それが和花のはずだ。


 それなのに俺を下に見始めて、子ども扱いするようになりやがって…………。



 ■



 〈和花の部屋〉


「久しぶりだね。尚ちゃんが私の家に来るの。何年ぶりだろう」


「…………」


 学校が終わり、俺は今日話したいことがあるから和花の家に行ってもいいかと声をかけた。


 俺の誘いに和花は笑顔でオッケーしてくれ、今二人で和花の部屋にいる。和花の両親はどちらも今は不在らしい。


 久しぶりに和花の部屋に来たが、昔とあまり変わってない。


「そうだ。お茶菓子持ってくるね。尚ちゃんの好きなチョコのお菓子があるから」


「いらねぇ。すぐに終わるから」


「う、うんわかったよ。……それで今日はどうしたの? 尚ちゃんから誘ってくれるなんて」


「ふぅ…………お前さ、最近調子乗ってないか?」


「えっ?」


「なんか知らないけどよ、最近俺のことを子ども扱いしてくるようになったよな。やめろよ」


「…………」


「いいか、俺の方が和花より上だからな。お前はどんくさくて、弱虫の和花なんだから調子乗るなっ!!」


「…………」


 俺の罵りを黙ったまま聞いている和花。てっきり何か言ってくると思ったが……。


「それだけだ。もし明日からも態度が変わってなかったら、もう和花とは口きかないからな」


「…………待ってよ尚ちゃん」


「あ?」


 部屋から出ようとした俺を呼び止め、目の前まで歩いてくる。


「な、なんだよ」


 ジリジリと詰め寄られ壁際まで追い込まれる。見上げてみた和花は微笑んでいた。


「ふふっ……」


「ち、近いんだよ、離れろ」


「尚ちゃんって……本当は弱かったんだね」


「は?」


「小さい頃からずっと私のヒーローだった。言葉は悪いけど、私を守ってくれる優しいヒーローの尚ちゃん。


 だけど今は私より背が小さくて、力も弱くて、私とに負けてるのが悔しくて悔しくてたまらない……よわよわ尚ちゃんだよ」


「…………そんなわけねえだろ」


「じゃあさ……」


 和花にぎゅっと両手を握られる。


「離れてみてよ?」


 俺の両手を壁に押さえ付けながら笑う和花。


 和花は俺がここから離れられないと思っているみたいだが……見てろよ。腕相撲で負けてから毎日筋トレしてるからな。あの時よりパワーが付いてるんだっ!


「くっ…………っ!?」


「ほらほら頑張って」


「このっ…………和花のくせに」


 ……か、変わらない。あんなに一生懸命鍛えたのに全然和花の方が強い。


「それで本気? 男の子なのにこんな力しかないの?」


「……は、離せよっ!! もうお前とは絶交だっ!!」


「ふーん……」


「……んぐっ!?」


 無理やり和花の胸に顔を埋められる。い、息ができない!?


「んんっ!! ………っ!?」


「生意気だなー。私より弱いのに」


 必死に腕を叩いたりするが全く力が緩まらない。緩まるどころか強さが増している気がする。


「……っ!? ……ぅっ………っ」


「苦しいよね。でも尚ちゃんが悪いんだよ。悔しかったら抜け出してみなよ。ほらほら」


 だ、駄目だ。全く離れられない……。


「私の匂いに包まれながれ……窒息しちゃえ」


 く、苦しい……。し、死んじゃう。いや、だ……くるしっ……しにた、くない……。たすけ…………っ。


「なーんてね」


「ぷはっ!? ……ゲホゲホッ!! っ……ゴホッ」


「ふふっ……顔真っ赤だね。本当に死んじゃうかもって思った?」


「……はあ……はあ……はあっ……」


「そんなことしないよ。私、尚ちゃんのこと大好きだもん」


 な、なんでこんなことして楽しそうにしてられるんだ。おかしいよ。今、俺死にそうだったのに……。


「……何その目? またさっきみたい苦しくしようか?」


「ひっ……い、いや」


「じゃあ謝って? さっき私に生意気なこと言ったからさ」


「…………な、生意気なこと言って、ごめんなさい」


 なんで謝ったんだ俺は……。でも謝らないとまたあんな苦しいことさせられるかもしれないし。


「ふふっ……ああ可愛い」


「えっ……」


 そのままベッドに連れ行かれると、押し倒される。


「ねえ尚ちゃん。今どんな気持ちなの? ドジで弱虫な私にこうやって負けてさ」


「…………っ」


「ちゃんと私の目を見て。…………叩くよ」


 今まで聞いたことない低い声の和花。背けていた目線をすぐに和花に向ける。


「言われてすぐやれて偉いね。……私ね、今の尚ちゃんを見てるとゾクゾクするの。…………興奮して、おかしくなってくるんだ」


 和花に耳元で囁かれ、電気が走ったみたいに頭がチカチカした。体中から力が抜けていく。


「私の方が力が強いって理解した後の尚ちゃんの態度は本当に可愛かったよ。何とか私に勝てるアピールしてきたり、負けても言い訳ばっかりしてさ…………。襲わないように必死だったよ」


「…………ぐすっ。なんで…………どうして」


「ああ……泣いちゃった。ふふっ大丈夫だよ。よわよわな尚ちゃんでも私大好きだからね」


 俺は……和花に勝てないんだ。どうやっても無駄だったんだ。そう思うと自然と涙が零れてきた。


「まずはその生意気な態度から治していこうね。……じゃあ初めは首閉めとかどうかな?」


「いやっ…………お、おねが、いします。ゆる……してください」


「だーめ。徹底的にわからせてあげるね」


 和花はとても楽しそうに笑っていた。




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