第9話

 ――魔導ゴーレム。

 この【アルス・フラウ森林領域フィールド】には、本来出現しないはずのモンスターだ。


 全長は目算で五メートル。

 のっぺりとした楕円形の頭部には、赤いレンズの単眼カメラが埋め込まれている。


 石材ではなく、仮想のファンタジー・セラミック樹脂で構成された巨腕を振るい、ゴーレムは樹木オブジェクトを三本まとめて薙ぎ払った。


 ばきばきと破砕エフェクトが轟き、草むらからゴブリンmobの群れが蜘蛛の子を散らすように飛び出していく。シドウたちも彼らと同様に、いきなり現れた襲撃者から逃げていた。――明らかに、いまのレベルで相手をできるモンスターではない。


「な、な、なんすかアレはッ!? このタイトル、初期のフィールドにあんなモブ出るんすかッ!?」

「多分バグ。珍しいパターンだけど。ッ、それより走って! 追いつかれる!」


 栗色髪の少年が叫び、シドウは鋭く言葉を返す。

 走り続けていることで、スタミナステータスの表示バーが減っていく。


「このまま逃げてもキリないよ! アキホちゃん、私、時間稼ぐからッ!」


 振り返ったリミが言い、樹木オブジェクトの幹を蹴って飛び上がった。

 宙空にショッキングピンクの軌跡を残し、ゴーレムの腕を足場にさらに跳躍。手にした日傘を振りかぶる。


「てりゃぁッ! ――あうっ!?」


 ぺいん。と、

 対象mobにダメージが発生していないことが一目でわかる間抜けなエフェクト音とともに、彼女は大きく弾かれた。――レベル差が大き過ぎるのだ。


 しかし攻撃したことで、ゴーレムmobに設定されたヘイト値がリミに向いたのは確かなようだった。

 巨体のセラミック・ゴーレムは周囲の樹木オブジェクトを薙ぎ払いつつ、赤色のレンズ単眼でピンク髪少女の姿を探す。

 ウィィーン――ッと、仮想の機械作動音が森に響いた。


「ッ、倒せっての!? あとで経費請求するからね!?」

「アキホちゃんやっぱ倒せるんじゃん!」

「割に合わない!」


 再び飛び上がったリミが、今度は先ほどの禍々しい【斧】装備でゴーレムへと斬りかかる。

 それでも攻撃は弾かれている。やはり、いまシドウたちのできる正攻法では倒せない相手だ。


 ――だが、ここはサービス終了した世界ロスト・タイトル


「【アイシクル・デフュージョン】っ!」


 アバターを切り替えたシドウの【杖】装備の先端から、仮想の冷気が迸る。

 ――脳神経が焼き切れるような加速感。


 シドウの姿は目まぐるしく変わり、黒、赤、青、緑など、様々な他タイトル装備姿をフラッシュさせて、『F・B・N』世界に設定された【魔法攻撃】データでは本来構築できないはずの複合魔術式を展開する。


「【カタストロフ・ラヴァ・ノヴァ】!【ブラック・ラック・ダストホール】!【雷遁疾風】!【ファイヤボルト・ギアセカンド】!【ゲイル・ザ・ストレイ・ランナウェイ】ッ!」


 放ったのは、炎と冷気。そして雷、真空を伴った魔導術式だ。

 スキルネームコールの合間にはFPS軍服姿の【銃】【手榴弾】攻撃を挟み、DPSを底上げしている。


 そしてそれすら、フレーム間に重複する速度。


「はッ? うわッ!? はぁッ!?!?!? どうなってるんすかそれッ!?」


 プリセットではなく本気でぎょっとした表情で、栗色髪の少年がシドウを見た。

 シドウはひゅうッと細く息を吐きつつ、ストレージから【MANPANDS/MPADS-9K62-改】地対空ミサイルを取り出して構える。


「……一万二千」


 漏れたのは決め台詞ではなく、そのアイテムの買取価格だった。……格好つかない。

 まあ、リミからは既に七万貰っているし、これについては請求しないが。


 ――ドシュゥッ、と発射音。


 ブルーライトカラーに燃え盛る氷柱オブジェクトで貫かれたゴーレムに、仮想のミサイル弾頭が直撃。激しい爆炎エフェクトが森林に舞う。

 噴煙により、目の前の視界が一時的に遮断された。


「……あ、あの、メチャヤバっすよね? いまなんか、あり得ない速度でアバター切り替えてたような……」

「別に。ディガーならわりと皆できる。それより、構えて。

「へっ!?」


 戸惑った様子で話しかけてきた栗色髪そばかす少年が、シドウと噴煙の間で激しく視線を交互させる。


 できないよ! っと後方からリミの発言が聞こえたが、彼女はシドウへの評価に対して過剰加算な傾向があるので――じゃなくて、


「リミ、前衛フォワード!」

「わっ!? あ、はいッ! ……んん? 倒してないの? 全然、動かないみたいだけど」

「ログが出てない」


 素早く前へと飛び出したリミは、ぶぉんッっと【斧】装備を背中側に回してから、倒れ伏した魔導セラミック・ゴーレムの亡骸を覗き込んだ。

 煙が晴れると同時、ゴーレムの姿が露わになる。ボディ部分は大破して、光を失った赤色レンズは虚しくピンク髪少女を見上げていた。


 ――しかし、シドウのメニューウィンドウには、そのmobを倒したことを証明するアイテム獲得ログも、経験値EXP取得ログもないのだ。


 ……そもそも、亡骸が残っていることからしておかしい。

 剥ぎ取りプレイを楽しめるVRMMOはもちろん存在しているが、倒されたゴブリンmobが消滅したことからわかるように、『F・B・N』はそういった手間を省いたタイトルだ。


「……動かない、けど? ……えっ? これ第二形態とかあるの?」

「まじっすか!? それなら俺、今度こそ死にそうなんすけど!?」


 ――気のせい? ……バグmobだから? いや、クールタイムかも。でも、なにかが変だ。

 弛緩した空気が漂う中、シドウは壊れたゴーレムに歩み寄り、注意深くその無機質な躯を観察する。


「――危険です」

「はっ!? ッ!?」


 ――不意打ちだった。

 白銀色髪の少女クーシアが、シドウを庇うように草葉の陰から躍り出た。

 先ほどまでの逃走、戦闘の最中において、一言も発さなかった彼女である。シドウにとって、完全に意識の外。


「ちょま――ッ!?」


 そして、次の瞬間。

 倒れ伏した魔導ゴーレムの赤色単眼レンズから、レーザービーム攻撃が発射。

 シドウと白銀髪少女の仮想の体を貫いた。


――。

――――。

――――――。


「……ん、ぅぅ」


 ブシュウッ――と細い排気音を吐き出して、コクーンポッドの蓋が開く。


 なんらかのエラーにより、強制ログアウトされたのだろうか? 志道は自らの書いたキーデータのスクリプト内容を思い浮かべつつ、痛む頭を片手で押さえ、ポッドから降りようともう一方の手を座席に下ろした。


「――ふ、ぅ」


 むにっと。

 志道がジャンク部品から作ったフルダイブ・コクーンポッドのシートから返って来るはずのない、やけに柔らかな感触。

 滲んでいる視界がクリアになるのを待つことなく、すぐに視線を下方へ向ける。


「……なんでいる?」


 そこには、白銀髪の小柄な少女が全裸で横たわっていた。

 

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