第8話
草木を掻き分け現れた二人組は、どちらも『F・B・N』の後衛回復職と一目で推察できるような、白いローブ装備を身に纏っていた。
「ワンさーんッ、あっ!? 他のディガーの人っすか!? じいさんアバター見ませんでした?」
最初に姿を見せたのは、栗色髪を短く刈り揃えた少年。
そばかすの浮いた頬に、人懐っこい愛想笑いがチャーミングな人物である。
この『F・B・N』の世界観で例えるならば、田舎町から
先ほどの剣客アバターにしてもそうだが、VR世界での容姿というものは
「……戦闘行為の形跡がありますね」
周囲をきょろきょろと見回しつつ、彼の後方から、白銀色の髪を靡かせた小柄な少女アバターが現れた。――破壊された森林オブジェクトの修復は終わっているので、もはや形跡など残っていないはずなのだが。
恐らくは、なにか周囲を探る効果のスキルを使用しているのかもしれない。……『F・B・N』後衛回復ジョブのスキルツリーにそういったスキルが備わっていた記憶はシドウになかったが、なにぶん存在を知ってからすぐに潜った
――しかし、それにしても。
見目麗しい外見をしている人物ばかりのVR世界においてさえ、珍しく精巧な顔立ちの少女だ。……客観的に見て、リミと同レベルのクオリティだろうか。
「あの方は、ここで死亡したようです。……人が死ぬのは悲しいことです。冥福をお祈りいたします」
「えっ!? マジっすか!? ――あっちゃぁ! 本当だ。ワンさん、神殿に戻ってるっすねぇ……」
少女は平坦な口調で呟き、その場に跪いて祈りポーズをとってみせる。――やけに様になった仕草だが、聖女ロールプレイだろうか。
彼女の発言を聞いた栗色髪の少年は、プリセットデータから呼び出したような苦笑いの表情を見せた。
宙空に指を滑らせて、シドウたちには可視化されていないメニューウィンドウを操作してから、申し訳なさそうな顔をこちらへ向ける。
「……あー、状況はなんか、わかったようなわからないような感じなんすけど。もしかして、うちの前衛そっちに迷惑かけました?」
「ぶっちゃけ、うん。……あの人、なんて?」
「「楽しかった。儂の仲間の面倒を頼む!」って」
「……? ッ、はぁ!? うへぇ」
「いや、ごめんっす! 俺ら二人とも
「……それはわかるけど」
プレイスタイルの違いについて、シドウはいちいち他人を強く否定しようとは思わない。
ただ、なんというか。
昔の週刊少年マンガ・コンテンツに登場する「憎めない敵役」キャラクターみたいな言付けである。
長く続けるほど、VRゲーム世界に対して斜に構える者が多くなっていく「グレイブディガー」という人種にしては、久しく見ていない類の人間。
「……さっきのにも尋ねたけどさ。ビギナー・ディガー?」
「あっ! そっすそっす! 俺たちSNSでバズった、五百万クレジットのやべぇ【翼】アイテムがあるって聞いて潜ったんすけど。いやー、オープニングのチュートリアルから進まないわ、街のNPCは同じ言葉ばっかり繰り返し喋るわ! やっべぇっすね、この
……危うく「
だが、シドウはガイド・ディガーではない。余計なお節介は慎んでおく。
――で、気にするべきはそこではなく。
「……五百万?」
「はい? そっすよ? そこの人が、その値段で買い取るって」
少年は白銀髪の小柄な少女に視線を向けた。祈りポーズから立ち上がった彼女は、無表情でこくりと頷く。
「……リミ?」
ブナ科樹木に背を預ける、ショッキングピンク髪の少女をシドウは睨んだ。
「ん? ほぇ!? んんん? いま、そんなに上がったの? 言っとくけど、騙してたわけじゃないからね! 相場は生き物ってことだよぉ……。あ、待って。ちょいタンマ。潜ってるディガー同士が出会ったときのマナーとかわかんないから、ちょっと黙って聞いてたけどさ。……そのなんか綺麗な可愛い女の子、VR古物商界隈で見たことないよ?」
リミが慌てた様子で発言すると、そちらを見た栗色髪の少年はあんぐりと口を大きく開ける。
「へっ!? リミさん!? さっきから思ってたんすけど、そっちの人、やっぱ『ピンクの滅殺魔王』のリミさんなんすか!? 最新タイトルで毎回PVPランキング上位者の!」
「!? やっ、やめて。違うよ! 私より、アキホちゃんのほうがずっと強いから! ランキングとか所詮は運だし! ……って、あっ、違う! 違うからねアキホちゃん!?」
いつの間にやら、禍々しい【斧】ウェポンから日傘武器アイテムへと装備を切り替えていたリミは、少年から「キラキラエフェクト」の舞うような尊敬の眼差しを向けられて、ショッキングピンクの髪を乱してかぶりを振った。
「話が進まない。二人とも、ちょっとステイ」
リミが普段なにをやっているかは、リミ個人の自由である。そこを詮索するつもりはない。
シドウは白銀髪の少女アバターへ目を向けた。
「そっちもビギナー・ディガーなの? 五百万クレジット。俺たちの知ってる末端価格より上だ。売る目的じゃなくて、自分であの【翼】を使いたいとか?」
「……肯定です。クーシアは、あれを手に入れなくてはなりません」
VR古物商免許が必要となるのは、他人から買い取ったアイテムをさらに他の人間に転売する場合だ。
自らで使用する目的で古物アイテムを購入するのにライセンスは要らない。リミが「VR古物商界隈で見たことない」と発言した理由は、その点を考慮すれば推察できるが。
「クーシア?」
「名称です。クーシアの――アカウント・ネームです。……そう。あなた方は、そう言うのでした」
「うん?」
どうにも、不思議な雰囲気を纏った少女だった。
ターコイズブルー色の瞳が、シドウの仮想の眼球を静かに見つめ返す。
作り物のように整った見た目の少女であるのに、ヴァーチャルではなく生身の人間を相手にしているかのような、そんな違和感。それでいて、いまにも儚く消えてしまいそうな透明度を伴った妙な気配が、彼女のアバターにはあった。
「あっ! アキホちゃん! 浮気だよッ! いくら可愛い子だからって、他の女の子とそんな見つめ合わないで!」
「は? ……なに言ってる。普通に会話してただけ。――いや、そもそも、リミ? 俺たち、そんな関係じゃないはずだけど」
「いまはペアじゃん!」
「ヤンデレ・ロールプレイ?」
「ッ!? もう! なんでそんなこと言うの!」
急に詰め寄って来たピンク頭を片手で押さえて制止しつつ、シドウは改めて二人組を観察した。
……ディガーのセオリーはともかくとして、関わっても危険性はない相手だと思う。
そもそも、先に攻撃を仕掛けられたのはこちらとはいえ、彼らの前衛役である剣客老人アバターをキルしてしまったのは事実である。
転移などの手段ですぐに戻って来ないところをみるに、まだそういった手段を得ていないか、実はなんらかのバグにより帰還に手こずっているのかもしれない。――彼らの不正アクセスキーは、シドウの構築したものより劣る品であるようだし。
「……パーティ組むのはいいんだけどさ。獲物の【翼】アイテムの入手についてまでは、手伝わないよ。あくまで、さっきの人が戻って来るまでちょっと一緒にレベリングするだけ。それでもいい?」
「へ? あ、マジっすか!? いいんすか!? 助かります!」
そばかす顔に人懐っこい笑顔を浮かべ、栗色髪の少年はシドウに大きく頭を下げた。
その直後、
「――来ます」
白銀色髪の少女――クーシアが呟き、仮想の森林から鳥オブジェクトの群れが、バタバタと騒がしく飛び立った。
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