第7話

 それはともかく。


「……ロスト・タイトルでPKer? 意味わからないんだけど」


 プレイヤーキラー。

 仮想世界での殺人行為は、もちろん実際に相手を死に至らしめるわけではない。

 ただ、「VRこそが生身の肉体である」と認識する者も数多くいる現代において、しばしば風当たりの強い議論が展開されるプレイ内容ではあった。


 互いの合意なしに対人戦闘行為player vs playerができないよう制限されたファンタジー・タイトルも多数存在している。「返り血エフェクト」のような方向性の拘りを持って創造クリエイトされた『F・B・N』は、その限りではないようだが。


 とはいえ、シドウが眉をひそめた原因はそういったプレイスタイルに関する批判ではなく、単純に「なんなの? 暇なのお前?」くらいの理由である。


 ここは既に、サービス終了ロストした世界タイトルだ。


 バグによる帰還不能の危険性を抱えてダイブしつつ、殆ど滅多に出会うことのない獲物を求めて徘徊するPKerなど、倒錯した変質者としか言えないだろう。

 そうした欲求を満たせられるタイトルは、新作、旧作を問わず他に星の数ほどリリースされている。そっちをやったほうがいい。


「ん? なんじゃ。面白いかと思ったが、ノリの悪い兄ちゃんじゃのぅ。こんなの単なる挨拶じゃろがい」

「ビギナー・ディガー? を狩っても、碌なアイテムはドロップしない。時間効率の無駄」


 いまシドウたちのダイブしている『F・B・N』内にてプレイヤーが殺害された場合、その死体がドロップする所持品アイテムは『F・B・N』由来のものだけだ。

 それだって、落とドロップしたくないアイテムにはロック機能を掛けられるのが昨今のVRMMO事情。

 不正ダイブしたディガー同士がわざわざ戦ってリソースを奪い合うことは、純粋に効率が悪いのだ。通常ならば互いの存在に気づいても、無視し合うのが常識である。


「んなこたぁ知っとるわい。だから、だと言っとるじゃろう」


 ――だがまあ、常識という概念は人間の数だけあるようだ。

 ブナ科植物をモチーフにした木の幹オブジェクトの裏から、呆れたようなしゃがれ声。


 ロールプレイ感の滲む老人言葉だ。シドウと同様、アバターに設定された外見通りの中身プレイヤーではないのかもしれない。


 相手の素性はともかくとして、シドウとは異なるスタンスのディガーであることは、いましがたの奇襲からしても明らかである。


「……挨拶ってのは、『こんにちは』とか『おはようございます』のこと。うざったいから、バトル・ジャンキー・ロールプレイなら他所でやって」


 現実アウターなら普段、無表情で「なに?」とだけ挨拶(?)することが多い自分のことは棚に上げつつ、シドウは【グロック512C17STD】の弾倉再装填リロードを済ませる。


 そのアクションを見て、金短髪の老人アバターは仮想の皺が刻まれた頬をにやりと歪めた。

 着流しの裾をはためかせ、手にした白鞘カタナ装備を逆手抜刀スタイルで構える。


「んな、昼行灯ひるあんどんみてぇなこと言うがなぁ。お前さん、ファンタジー・タイトルでまで【銃】なんざ使ってるようなFPS中毒の輩じゃねぇか。実は嫌いじゃねぇだろう、こういうのもよ」


 偏見だ。シドウが架空の強化プラスチック・ポリマー製【銃】ウェポンを装備している理由は、単なる経費の節約である。

 前回までダイブしていた『アーマードAメタルMロックrock'nギアGバーストB』で入手した汎用装備品であり、この『F・B・N』世界で初期配布される【狩人】専用弓アイテムよりダメージ効率DPSが高いから使っているだけ。


 間合いは中距離ミドルレンジ

 シドウの【銃】のほうが有利に思える距離感だ。しかし――


「ッ、このッ――!」


 老人アバターの履いている【下駄】型装備アイテムから、ロケット噴射。


「ハッハァッ! また凌ぎやがったなッ!」


 一瞬にして距離を詰められ、三度の斬撃、発砲音。

 甲高い金属音エフェクトを響かせ、仮想の銃弾と刃が火花エフェクトを散らす。


「斬り込んでる最中の刀身をエイムする狙い撃つなんざ、やっぱり御同類じゃねぇかッ!」

「ッ、違うっての!」


 勝手にPVP中毒者バトル・ジャンキー仲間と見做されたことに対して言い返しつつ、シドウは大きくバックステップ。

 足場の悪い森林フィールドだ。這い回る木の根や雑草オブジェクトが、シドウに「転倒」の状態異常を与えようとする。崩れかけた体勢を立て直しつつ【銃】を構える。


「これならど――ぷげらっぱッ!?」


 次の刹那。

 装備した【下駄】アイテムのロケット噴射により三次元軌道でシドウへと迫っていた剣客老人アバターが、


 一拍ワンフレーム遅れて、木々オブジェクトが破砕される音が響く。

 襲撃者である彼が、それらをなぎ倒しつつ吹き飛んだ効果音サウンドエフェクトだ。


「――よくわかんないけど、アキホちゃん嫌がってんじゃん。PVPやりたいなら私がやるけど……って? あれ? 結構飛んだね。……あの人、もしかして死んじゃった?」


 凛と涼やかな声音――後半は気の抜けた発言だが――とともに、ショッキングピンク髪の少女が地面に着地する。

 彼女は先ほどまで装備していた黒い日傘アイテムではなく、身の丈を超える大きさの【斧】アイテムを装備していた。


 まるで古典的ファンタジーの魔王ラスボスmobが携えているような、刃の表面に禍々しい血管の群れが這う【斧】だ。その「血管」レイヤーには動作モーションデータが設定されているようで、歪に曲がった柄の先、巨大な刃はどくんどくんと脈動している。


「……いや、リミ、なにそれ?」

「んー? なんか文字化けしててわかんないけど、攻撃スキル?」

「じゃなくて、武器」

「へ? ……あ、これ? あはは。やっぱちょっとグロいかなぁ? 慣れると可愛いんだけど」


 ぐぉん! と重厚な風切り音を鳴らしつつ、リミは【斧】を背中に隠した。

 といっても、身の丈を超えたサイズなので盛大にはみ出している。


「「慣れると」ってことは普段のメイン武器?」

「あっ! 違う! 違うよッ!? これはPVP用で……ってか、それよりさっきのおじいちゃんだよ! びっくりしたよね!」

「あー……」


 うん、と小さく頷きつつ、シドウは老人アバターのすっ飛んでいった木々の先に視線を向けた。

 破砕された森林オブジェクトは、まるで動画の逆回しのように速やかに修復されていく。吹き飛ばしノックバック性能が異常に高いスキルで攻撃したのか、はたまたリミの言う通りkillしてしまったせいなのか、さっきの襲撃者の姿は見えない。


 姿を隠すハイドスキルを使用している場合もあるので、慎重に痕跡を探す。

 シドウのジョブである【狩人】のスキルツリーには【トラッキング】というハイディング看破用スキルがあるが、まだ使用可能アクティブになっていない。主に、PVP用にキャラクターを育成した場合に得られるスキルだ。


 ステータスメニューを開き、いますぐスキルポイントを割り振るべきかという考えが頭の片隅を過ぎった直後――、


「ワンさーん! どこ行ったんすかぁーッ? 前衛が抜けたら、俺らゴブリン狩れないっすよぉー! どっちも後衛ジョブなんすからぁーッ!!」


 声変わり前の少年プリセットと思われる声が、シドウの仮想の耳に届いた。

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