第6話
【アルス・フラウ森林
配置された植物オブジェクトは広葉樹が中心で、捻じれつつ伸びた枝からは細く木漏れ日が射し込んでいる。一見すると美しい森だが、意図されたデザインとして視界には多数のデッドスポットが存在しており、油断はできない。
「――てりゃぁぁッ!」
と、そんな情緒を蹴り飛ばすかのように、少女の叫びが響き渡った。
彼女は生い茂る木々の幹を足場にして、フレーム処理がバグったんじゃないかと思うような異常な速度で跳ねまわる。ショッキングピンクの軌跡が通過した直後、隠れていたゴブリン型mobが「どぎゃ!?」と野太い悲鳴を上げて、鮮血エフェクトを撒き散らしつつ宙に消えた。
「……キメラになってんのに、よくスキルなんか使えるね」
「え? だって普通に
跳ねまわっていた少女――リミはゴブリンが消えた先の虚空を嫌そうに眺めて、手にした日傘をびゅん、と軽く一振りした。【
宣言通り、彼女の纏う深紫色のゴシック・ドレス装備に返り血はない。いましがた見せた挙動でそういったエフェクトをすべて躱せることが前提のようにリミは語るが、もちろん皆がそうであれば「返り血エフェクト」なんてものをクリエイターがわざわざ作ったりしないだろう。VR格闘ゲーム上位ランキング者みたいな発言である。
呆れつつ、シドウは腰のホルスターから【グロック512C17STD】を抜き放つ。
「ッ、うあ、……っと、びっくりしたぁ。アキホちゃん、ありがと」
「油断してるから」
「!? 違うよ! 気づいてたよ! でもやっぱなんかちょい、スキルの初動に違和感あるの」
9mm口径の乾いた発砲音が響き、リミの背後から飛び掛かっていたゴブリンmobが脳漿をぶちまけて吹き飛んだ。バウンドし、藪オブジェクトを荒らしたのちに虚空に消える。獲得経験値の表示とともに、【
『違和感がある』
などと簡単に言うが、そもそも現在リミの状態は、もし仮にシドウが同じ状況であればゲームプレイを続けられるようなものではない。
【Limi-T-Vivid-Stampede】
LV?費シ
STR22
AGI荳?香蜈ォ
VIT4
INT蜈ュ蜊∽ク
DEX?O?\?Z
LUK1
『謇?譛峨せ繧ュ繝ォ』(恐らく、元のテキストデータでは『所持スキル』と書かれている)
ソード・繝上Φ繝峨Μ繝ウ繧ー・ディレイ・キャンセル:5
縲?菴灘鴨荳頑??
縲?陬∫クォ?
縲?譁咏炊?
縲?螟ァ霆願シェ譁ャ?夲シ抵シ具シ?陬懈ュ」
縲?鬮倬?溽ァサ蜍包シ
謚懷?2抜刀繧ケ繝?繝シ繧コ蛹
――彼女に開示してもらったステータスには、このあとにも頭の痛くなるような文字化けテキストが踊り続けていた。典型的な
通常、
ゲーム内で所得する職業データやレベルアップなど、そうした情報はタイトルごとに用意されたインスタント・レイヤーに書き込まれるものだ。新たな世界に潜る度、政府公認の
では、
当然だが、専用のアカウント・データなど発行されない。
シドウのようなグレイブディガーは自前でダミー・アカウントを用意しているのが常なのだが、それを譲渡する前にリミは
「……大丈夫? ログアウトパネルはいまもアクティブになってるんだよね? 闇VR医者だけど、言ってくれれば紹介するから」
「へーきへーき。というか、私だってそのくらいの伝手あるよ。アキホちゃんは心配性だなぁ。それよりレベル上げの続きしよ? もうちょっとでクラン組めるんでしょ?」
「まあ、うん」
シドウのアバター、【Sidー0907A】のレベルは現在18だ。
いまどき名前の重複ができないせいで適当な数字とアルファベットを付随させることになったのだが、そういったところの不便さも、略称『F・B・N』なるこの
正攻法でレイドイベントに参加するつもりはないとはいえ、収集できる
「でもさ、やっぱりなんか不思議だよねぇ。インスタンス・ダンジョンでもないのに狩場に他の人がいないのって。ちょっとズルしてる気分」
草陰から飛び上がったゴブリンmobを日傘を振って撲殺しつつ、リミは暢気にそう述べる。
もちろん、放棄された
「あー、いまって
「するよぉ。『横殴り』の話題とか何回もバズったりしてる。しんどいってSNSに書き込む人も多いけど、逆にそっちのがやりがいあるっていう人たちも結構いたり。「昔はこうだったー」ってさ。……なんか面白いよね。そもそも私たち、その時代に生まれてないのに」
「ノー・コメント」
非常に繊細な議論内容だ。
意見の有無はともかくとして、急造ペアと進んで語り合いたくはない。
リミもそれは承知しているのか、ひとこと「だよね」と会話を打ち切る。
続いて彼女は、ふとなにかを察知した様子ですん、と小さく鼻を鳴らした。
「あ、でも他に誰かいるみたいだね。先に潜った別のディガーさんなのかなぁ。……狩場が重なったときのマナーって、ロストしてないタイトルと同じ?」
「へ? え、匂いとかすんの?」
「そうじゃなくて、雰囲気っていうか。あっ後ろ!」
指摘され、振り返ったその瞬間。
シドウが咄嗟に構えた【グロック512C17STD】の銃身に、ギンっと硬質な金属音。
防いだ得物は大昔のニンキョウ・ムービーに登場しそうな白鞘のカタナだ。
火花エフェクトが散り、強襲者である金短髪に着流し姿の老人アバターは、にやりと獰猛な笑みを見せる。
斬撃に合わせ、9mm口径の発砲音が六回。
シドウの放った弾丸をすべて刀身で叩き落して見せた彼は、逆手に持ったカタナ装備をチン、と鞘に納めつつ、木々の陰に半身を隠して愉快そうに目を眇めた。
「……ほう、面白ぇ。儂の打ち込みをちっけぇ【銃】アイテムで全部正確に凌ぎやがった。しかも瞬きすらしねぇ。
――誤解である。
シドウがVR内で瞬きをしないのは、適性が低くて瞼を閉じられないからだ。
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