第10話 逆襲
俊哉の放った会心の当たりはグングンとレフト方向へと伸びていく。
走り出しながら叫ぶ俊哉と同じようにベンチからも「いけぇ!」と何人もの部員たちが叫ぶ。
そして真逆にマウンドの立松を始めとした愛知明工の選手らは、“行くな!”と心で叫びながら打球の行方を追う。
左翼手の選手が打球の行方を追いながら必死で走っていたが、次第にその歩みはゆっくりとなっていき最後にはレフトスタンド方向を見ながら立ち止まった。
「は、はいった」
コーンと音を鳴らしながら無人のレフトスタンドに弾んでいく白球。
その瞬間、球場中はワッと大歓声が巻き起こり打った俊哉は右腕を高々と天へ挙げながら一塁を回る。
「ナイバッチ!」
ベンチの秀樹が身を乗り出しながら叫ぶと、つられる様に他の選手たちもダイヤモンドを回る俊哉へ言葉を投げかける。
マウンドの立松は悔しそうに下を俯きながら足でマウンドの土を蹴り慣らす。
「やっぱ俊哉に打たれたかぁ」
半ば覚悟していたのだろう立松は、大きく息を吐きつつもポツリと呟く。
だが立松にとってまだリードをしている状況。
これ以上ランナーを出すつもりはない。
「よし、後続は抑える!」
マウンド上で気合を入れながら次打者へ目を向ける立松。
打席には2番の内田が入る。
「ストライク!」
初球をストレートでストライクを取る。
続く2球目はカーブでタイミングをずらし空振りを取り追い込む。
しかし、3球目と4球目がボールとなりカウントを悪くする立松に対し内田は5球目6球目とファールにし粘りを見せる。
そして7球目に投じられたストレートを、内田はコンパクトにバットを振りに行くと“カーン”と快音を残してサードとショートの間を抜けていくヒットを放った。
「ナイバッチ、ウッチー!」
一塁上で嬉しそうに笑みを溢す内田に対しベンチぁらは激励の声が飛ぶ。
二死ながら一塁として打席には、要注意人物の1人にあげていた宮原が入る。
(ここで宮原か)
警戒心を強める立松。
しかし、宮原は彼から感じられていたこれまでの威圧感ともとれる勢いは薄くなっていたのに気づく。
カーン……
「うぉ…!」
宮原の弾き返した打球は、ピッチャー立松の足元を抜けていくセンター前へのヒット。
これで二死一、二塁とすると打席には4番の明輝弘がゆっくりと向かう。
左打席に立つ明輝弘。
マウンドの立松の元にはキャッチャーが向かい話し合いをする。
「向こうさんの勢いが少し出てきちまったな」
「あぁ ちょい油断したわ」
キャッチャーの言葉に苦笑いを見せながら答える立松。
多少の言葉のやりとりをしてキャッチャーがマウンドから降りていく中、立松は土を慣らしながらキャッチャーの言葉を脳内再生していた。
(最悪歩かせろか まぁ確かに俊哉と宮原に次ぐ注意打者だしな)
ロジンパックを手から落とし明輝弘を見る立松。
明輝弘は表情を変えずにバットを構え佇む。
(さぁ来い立松 俺が証明してやるよ 東海地区No.1打者は俺だってな)
立松の投じた初球、キャッチャーのサインはスライダー。
そのスライダーをインコースへ抉るように、打者の懐ギリギリに構えていた。
しかし、立松自身気付いてはいなかったが僅かな動揺が生まれていた。
俊哉のホームランからの2連打という流れにより僅かだが動揺と気持ちの揺れが出ていた立松の投じたスライダーは、キャッチャーの構えたインコースギリギリでは無くボール一個分だけストライクゾーンへ入ってきてしまう。
当然、このボールを明輝弘は見逃す訳がなくバットを振り抜いた。
(もらった!)
“カキィン…”と金属音が球場に鳴り響いた。
火のでるような当たりという表現があるが、まさにその言葉通りだろう。
明輝弘の放った打球は一塁線を弾丸ライナーで飛んでいく。
「届かな…!!?」
一塁手がグラブを差し出すも、打球の速さと反応が少し遅れた事により打球はグラブを掠めて行きライト線へと抜けポール側の壁に“ドン!”と音を鳴らすヒットとなった。
ワッと大歓声が起こる球場。
転々とライト線を転がる打球を横目に、内田は三塁を廻りホームを踏み同点。
そして快足を飛ばして三塁を蹴った宮原も、ボールがホームへ戻ってくる前に生還を果たした。
「よし!」
ホームを駆け抜けた宮原は雄叫びにも似た声を発し、先にホームを踏んだ内田とハイタッチを交わす。
ベンチへと戻り選手とハイタッチを交わしながら喜びを爆発させる中、二塁へ到達していた明輝弘はポーカーフェイスを崩す事なく、静かに佇む姿を見せた。
これで3対2。
聖陵学院が逆転に成功する。
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