第4話 頼むぞ!!

 立松を空振り三振に打ち取るとスタンドからはワッと大きな歓声が沸き起こる。

 マウンドから降りて行く土屋は至って冷静だ。


「流石だな土屋は」


「あのコースに完璧に決まるスライダー しかも打ち気な立松に対してあざ笑うかのような外へ外れて行くコースにはバットも空を切ろうよ」


 最後の立松に対して投じた土屋のスライダーに唸る俊哉と秀樹。

 そんな2人の会話に割って入ったのは明輝弘。


「なんだ エースキラーと言われていても大した事ないんだな」


「まぁあのコースに投げ込まれれば誰も打てないよ 明輝弘もね」


「俺なら打てるさ」


「はいはい」


 明輝弘の言葉にケラケラと笑いながら話す秀樹。

 そのやり取りに俊哉も笑いながら見ていると、後ろから瑠奈の声が聞こえた。


「あら もう終盤まで進んでますのね?」


「あ、瑠奈さん 七回終わって1対1だよ」


「得点は?」


「立松のホームランで先制 その後に山下のタイムリーで同点だよ」


 今球場に来た瑠奈に展開を説明する俊哉。


「なんだ、きばってたのか?」


「そんな訳ないでしょう!?買い出しですわよ!?」


 瑠奈と菫で明日以降の合宿で使う必需品の買い出しに行っていた為、試合を見るのが遅くなってしまっていたのだ。


「買い出しありがとね スミちゃんも」


「ううん 大丈夫よぉ?瑠奈と買い物も楽しかったし」


 俊哉のお礼の言葉にニコニコと笑みを見せながら話す菫。

 そこから2人は俊哉たちと一緒に試合を観戦する事に。


「立松選手ですか」


「うん 立松から一本出たよ」


「流石ですわね」


「ねぇねぇ 立松選手って、そんなに凄いの?」


 俊哉と瑠奈の会話に興味本位で聞いて来る菫。

 そんな菫に対して明輝弘も割って入る。


「俺には及ばないがな」


「明輝弘さん以上でしてよ?」


「な……」


 瑠奈にズバッと即答された明輝弘は言葉に詰まる。

 その光景を見て菫はクスクスと笑う。


「流石の明輝弘も瑠奈さんには言い返せないか」


「ふん 越えれば良いだけだ」


「まぁ期待してるよー」


「期待してろ 彼奴より上に行ってやるよ」


 自信満々に宣言をする明輝弘。

 その明輝弘を見ながら笑う俊哉と秀樹だが、彼の打撃無くして勝利が遠いことは重々承知の上だ。

 だからこそ、明輝弘に有言実行をしてほしいと望んでいる。


「さて7回裏は、四番の稲葉からか」


「秋季大会から稲葉の打撃は調子いいよね」


「ホームラン2本もそうだけど、チャンスに強いイメージだよね」


「えぇ 稲葉さんの前にランナーを出せれば得点の確率はグッと上がりますわね でも、この場面で求められるのは……」


 カキィィン……


 瑠奈の話が終わる前にグラウンドからは快音が鳴り響いた。

 振り抜いたバットを稲葉は放るとライト方向へ放物線を描きながら飛ぶ打球を見る。

 そしてライトスタンドへ吸い込まれるのを確認するとゆっくりと走り出した。


「……どデカい一発ですわ?」


「出たね どデカい一発」


 瑠奈と俊哉が苦笑いながら互いの顔を見る。

 だが明倭ベンチは大騒ぎであり、土屋もベンチ横のブルペンで手を叩いて喜びを見せる。

 ホームを踏みベンチへと戻る稲葉に選手らが出迎える。


「ナイバッチー!」


「ナイバッチ!!」


 祝福の声をかけられる稲葉に土屋も声をかける。


「ありがとう」


「投手陣が頑張ってくれたからな 一本出て良かったよ」


「あとは、土屋が抑えるだけだ」


「あぁ もちろんだ」


 明倭投手陣。

 その中でもエースナンバーをつけた土屋にとっては1点でも十分な点差だろう。

 残り2イニングを抑えれば東海大会決勝へと駒を進め、聖陵学院との対戦となる。


 そう意気込みながら八回のマウンドへと上がる土屋は7番打者から始まる下位打線をピシャリと完璧に抑えて見せた。


「ストライク!バッターアウト!!チェンジ!!」


 最後の打者を空振り三振に打ち取ると土屋は静かにマウンドから降りていく。

 いよいよラスト1イニングとなり、スタンドで見守る聖陵の選手達も明倭の勝利がほぼ手中にある事を確信する。


「勝った、かな?」


「あぁ あの投球じゃあ余裕だろう」


 竹下と明輝弘がそんな話をしている横で、俊哉と秀樹。

 そして瑠奈の3人が複雑な表情をしていた。


「どうしたトシ?」


「いや まだ分からないかもしれない」


「そうか?」


「9回は1番から始まる打線 もし1人でも塁に出たら立松に回るよね」


 9回の愛知明工の攻撃は先頭に帰り一番打者から始まる。

 もし1人でも塁にランナーが出れば四番の立松へと打線が回る事に俊哉は警戒をあらわにする。


「何言ってんだトシ」


「明輝弘?」


「たとえ塁に出たとしても、土屋に対して手も足も出なかったんだ 明倭の勝ちだよ」


 明輝弘には彼なりの確信があった。

 自分が捉えることがままならなかった土屋に対して立松が打てるわけがない。

 特に前の打席での空振り三振を見ていた事で、立松率いる愛知明工に勝ちはなしと確信していた。


「だから俺は、土屋を打つイメージを固めるとするわ」


 フッと笑いながら話す明輝弘に俊哉は苦笑いを見せる。


(確かに、明輝弘のいう通り塁に出ても土屋の実力を考えれば抑えれる でも何だろう……立松には異様な雰囲気を感じる)


俊哉は立松に対して不気味な雰囲気を感じていた。

 その俊哉の感じた不気味さは最終回の9回に形となって表れる。


「さぁ出て行こうぜー!!」


「まだ終わってないよー!!」


 愛知明工ベンチから声が飛び交う。

 9回のマウンドには当然土屋が引き続き上がる。

 一番打者から始まる愛知明工打線。

 だが冷静な佇まいを見せる土屋はただ自分のピッチングを披露する。


「サード!」


 ギィィンと鈍い音を響かせるとサードへのゴロに打ち取る。

 三塁手の川口から一塁稲葉へとボールが渡りアウトの判定となる。


「まだワンアウトだ!」


「諦めるな!!いけるぞ!!」


 愛知明工ベンチからの声が次第に大きくなる。


「声出して打てるなら苦労はしないな。」


(明輝弘、ブーメランになり兼ねないぞー?)


 明輝弘の言葉に心の中で思いながらも決して口には出さない竹下。


「ストライク!バッターアウト!!」


 二番打者に対しては変化球で押していき最後は空振り三振に打ち取る。


「ツーアウト!」


「ツーアウトー!!」


 明倭の選手から声が飛び交う。

 あとアウト1つで明倭の勝利が確定し、聖陵の待つ決勝戦へと駒を進める事になる。


「まだツーアウト!分からないよー!!」


「意地でも出ろよ!そうすれば回るぞ!!」


 愛知明工からの言葉。

 その彼らの目線の先にはネクストバッターボックスに座る立松へと向けられる。


「さぁ頼むぜぇ 俺に回してくれ!!」


「これは決まったな 明倭の勝ちだ」


 グラウンドで立松がそうつぶやいている中、スタンドの明輝弘がそう確信した言葉を言った。

 その言葉に秀樹が反応をする。


「その心は?」


「まず今日の三番は出塁はしたもののポテンヒットだ それに万が一塁に出れたにしても 次は土屋に抑えられた立松 俺だったら分からんが、立松には打てない」


「ほほぅ 自信ありだね」


「あぁ 俺なら打つぜ」


「あはは 期待してるわ」


「何故最初に笑う?俺は大真面目だぜ?」


「分かってる分かってる」


 秀樹が笑った事が気に入らないのか、少しムッとしながら言い返す明輝弘。

 いなし気味に返答する秀樹の隣で、俊哉はジッとグラウンドを見つめる。


「俊哉さん?」


 その視線が気になったのか瑠奈が首を傾げながら聞くと、俊哉は瑠奈の顔を見ながら話を始める。


「うん 明倭の守備位置が少し気になってね」


「守備位置、ですか?」


「うん サード川口の守る位置がね 少し後ろだと思うんだ」


「た、確かにそうですわね?でもこの打者は流し打ちが上手い選手と聞いております。データが頭に入っているからこそのポジショニングでは?」


「うん そうなんだと思うけど……」


「けど?」


「そこを突かれたら……」


 俊哉が言いかけた瞬間の出来事だった。

 土屋の投じた初球に対し、打者が動きを見せた。

 バットの構えを素早くバントの構えに変えると一塁側へスタートを切りながら土屋の投じたボールをバットに当てたのだ。


コツン……


「さ、サード!!」


 明倭守備陣に頭に無かったのだろうか。

 彼らの守備の足がほんの一瞬だが、動きが止まった。


「明倭の守備の足が一瞬止まった!!」


 ガタリと俊哉が立ち上がりながら言葉を発する。

 セーフティバントがうまく決まった打球は三塁側へコロコロと転がっていく。


「クソッ!!」


 サードの川口が全力ダッシュを見せながら打球を追う。

 だが一瞬足が止まったのだが、鉄壁を誇る明倭守備陣。

 川口は素早く打球に追いつくと素早いスローイングを見せた。


「滑り込めぇ!!」


 ネクストバッターボックスの立松が立ち上がりながら叫ぶと、打者はヘッドスライディングをし一塁へ滑り込んだ。

 砂埃が舞う中、選手らは一塁塁審の判定に注目がいく。



「……セーフ!!」


「いよっし!!」


 塁審の両腕が横に水平に伸び、セーフの判定がくだると滑り込んだ打者はベースを叩きながら喜びを爆発させる。

 そしてベンチからは大歓声が飛び交い、彼らの視線は1人の打者へと向けられる。


「頼むぞ!!」


『立松!!』


「おうよ!!」


 バットを持ち立ち上がる立松。

 9回二死一塁。

 この場面で、愛知明工の四番打者。

 立松竜一郎が打席へと向かう。


「さぁこいや土屋ぁ!!」


 次回へ続く。

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