第3話 本物のスラッガー

 2回表の愛知明工の攻撃。

 打席に立った四番立松の振り抜いた打球はバットの先端で捉えるも、そのままライトスタンドへと飛び込んで行った。


「マジか」


「あの打球入るの?」


 スタンドの聖陵選手からはそんな言葉が漏れてくる。

 俊哉や秀樹も目を丸くしながらダイヤモンドを回る立松を見ており、驚きを隠せない。

 ホームを踏みベンチへと戻る立松を選手らが出迎える。


「ナイバッチ立松ー」


「おう!先っぽだったから入るかどうか分からなかったけどな!入ってよかったぜ!」


 ハイタッチを交わしながら豪快に笑う立松。

 そのまま愛知明工の流れに行こうかという雰囲気の中だが、マウンド上の荒木は落ち着いていた。


「アウト!チェンジ!!」


 立松のホームランに崩れることなく後続を抑えると、マウンドから表情を崩さず降りて行く。


「すまん荒木 まさか打たれるとは」


「いや気にするな 俺も正直驚いてる」


 ベンチに戻りながら浅野と荒木が会話を交わす。

 彼らにとっても意外な一発だったのだろう。


「でも後続は落ち着いて抑えれたな この調子のまま行こう そうすればウチらの打線が点を取ってくれる」


「あぁ 頼むぜ?」


 その浅野の言葉通り、明倭は3回に愛知明工の投手を捉えた。

 二死ながらも九番打者が甘く入ったボールを叩き左中間を抜けて行く二塁打を放つと、一番に帰りショートを守る山下。


 カキィィン……


「おっしゃぁ!」


 その山下が3球目の変化球を叩くとセカンドの頭を越えて行く当たりを放つ。

 打球を見たセカンドランナーは三塁を蹴りホームを駆け抜け、たちまちに同点としたのであった。


「同点だ」


「山下が決めたか」


 明倭の同点打に俊哉は嬉しそうに話す。

 ライバルとはいえ同じ県内代表とあって俊哉らも応援をしたいのだろう。

 だが後続が続かず同点止まりのまま攻撃は終了。

 その後も両校とも得点がないまま進んで行き、二度目の立松の打席を迎える。


ガキィィン……


 荒木の投じた3球目は高めのストレート。

 立松の振り抜いたバットは鈍い音を響かせながらセンター方向へと飛んで行くと、センターの選手が後ろを振り返りながら下がって行く。

 スタンドで見ていた俊哉らも身を乗り出しながら打球の行方を追う。


「アウト!!」


 打球はセンターフェンスギリギリで失速し選手のグラブへと収まりアウトになるも、球場からは落胆の声と安堵のため息が混じり合う。


「あぁクソォ 届かんかったかぁ」


 ベンチに悔しそうにしながら戻る立松に他の選手が笑いながら声をかける。


「よくあのボール球をあそこまで飛ばしたよな」


「そうそう これが出来るの竜太郎だけだぜ」


「次々!さぁ守備つこう!」


 立松を励ますように声をかけて行く選手たち。

 グラブを受け取った立松は、グラウンドへと駆けて行くチームメイト達を見ながらニッと笑みを浮かべながら自分もグラウンドへと駆け出して行く。


 このまま投手戦かと誰もが思ったところだろう。

 だが、マウンドに上がる荒木に対して愛知明工打線が食らいつく。


 キィィン……


「ナイバッチー!!」


 6回表の愛知明工は二死ながらも100球を越えてきた荒木を二連打で塁に出る。

 二死一二塁のチャンスとなり打席には三番打者が入る。


「繋げー!繋げば次は立松だ!」


「おぉ!!」


 ベンチからの声援に気合をいれる打者。

 そしてネクストに座る立松も三番打者を見ながらグッと右腕を突き出す。


(頼む!俺に回してくれ!)


 その思いを胸にする立松。

 すると明倭ベンチが動きを見せた。


「投手交代をお願いします」


 明倭ベンチから古屋監督が出てくると主審に投手交代を伝える。

 スタンドからはざわつく声が聞こえ出す。


「土屋が出るか」


「みたいだねぇ」


 秀樹と俊哉がブルペンからマウンドに向かう土屋を見ながらそう言葉を交わす。

 小走りでマウンドへと向かう土屋に対し、荒木がボールを手渡しながら言葉を交わす。


「すまん もう少し後でバトンタッチすべきだった」


「いや むしろ十分だよ荒木」


「……後は任せた」


「……うん 任せて」


 荒木からマウンドを受け継いだ土屋。

 そのピッチングは圧巻の一言だった。


「ストライク!バッターアウト!!チェンジ!!」


 テンポよく右腕から放たれたボールはアウトコース低めへと完璧に決まるストレートと変化球で見逃し三振に打ち取って見せたのだ。


「クソォー!!」


 打席で悔しそうにする打者に対し、冷静に静かにマウンドを降りて行く土屋。

 その姿を見ていた立松は、身体全身がゾワゾワと武者震いをした。


「すげぇ 土屋明彦……明倭のエース!!」


 その目は少年のように輝いており早く対戦したいという気持ちでいっぱいだ。


「次の打席で、打つ!!」


 対戦を熱望する立松。

 その対戦は7回表の先頭打者として希望が叶うことになる。


「さぁ来い 土屋!」


 右打席へ入ると大きくバットを構える立松。

 その立松に対する1球目は低めにストンと落ちるスプリットとなり、立松はこのボールに対しバットを振りに行くも空振る。


「ストライク!!」


(消えるように落ちやがった マジかよ、すげぇな!)


 立松自身、愛知県大会でも見たことのない変化球に驚いた。

 だが驚きが来るもすぐに土屋と対戦できる事の楽しみの方が上回りすかさずバットを構え直す。


(さぁ来いよ土屋)


 立松に対する土屋の2球目。

 それは前荒木がセンターフェンスギリギリまで運ばれた高めへのストレートだった。

 予想外だったのか立松は振りに行くも、ボールはバットの上を通過し空振りとなる。


(うぉぉ 同じ高めでも威力がちげぇ!流石は静岡県No. 1投手だ!)


 次は何がくる?そう頭で考えながらバットを構える立松。

 打ちたいオーラが全開の立松に対して、土屋は至って冷静であり淡々としている。

 キャッチャー浅野のサインに頷くと、土屋はゆったりとしたモーションから3球目を投じた。


(アウトコース、届く!!)


 投じられたのはアウトコースへのボール。

 立松の体格と腕の長さなら届くコースであった為、躊躇なく彼はバットを振りに行った。


(捉えた!!)


 ボールを捉えた。

 そう確信しながら振りに行った立松。


 しかし


 土屋の投じたボールは斜め下へとスライドしていき、立松の降ったバットはボールに当たる事なく空を切った。


「ストライク!バッターアウト!!」


「な、スライダー……!?」


 立松の頭になかったスライダー。

 そのボールで空振り三振を取った土屋は、表情を変える事のない程冷静であった。


 次回へ続く。

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