第5話 狙ってた

 9回表二死一塁の場面で打席へと向かうのは立松。

 ベンチからは彼を後押しするように声援が飛び交う。


(みんなの為に)


 そう思いながら打席へと立つ立松。

 彼にとって愛知明工は憧れの高校だった。


(小学生ん時に甲子園で活躍する選手が輝いて見えたっけな んでこの学校に入るんだ!ってな)


 大きな夢を描きながら入学した愛知明工だったが、当時の強さは見る影もなくかつての古豪と呼ばれている程にまで弱体化していた。

 負け癖がついてしまったチームは一年の夏と秋共に二回戦敗退。

 だがそんなチームを少しずつ変えていったのは立松だった。


(先ずは同級生の力の底上げ 元々みんな実力のある選手達だったんだ 力の底上げは苦労はしなかった)


 負け癖のついた古豪とは言えども、入学してくる選手は他チームならレギュラーを取れるレベルの選手が集まっている。

 その為力をつける事自体は大変ではなかったのだが、問題は彼らのモチベーションだ。


(夏と秋の成績でみんなやる気なかったもんなぁ どうせ次もダメだ また負ける この意識を変えるのに苦労したよ)


 立松の懸命な努力の甲斐あってか、同級生の意識の改善が次第に出来上がって来るのだが改善に一冬を費やしてしまったのである。

 その努力が伝染していったのだろうか、上級生にも意識が変わっていき二年目の夏には立松が入学して以来最高成績である予選準優勝まで成果を伸ばしたのである。


(一年を費やしてやっとここまで来たぜ そしてこの秋季大会 愛知予選を優勝して今東海大会の準決勝まで来ている みんなには感謝だぜ!)


 ついて来てくれた仲間に感謝以外なのものでもない。

 それに応える為に、立松はこの打席で結果を出すと決意する。


「さぁこい!」


 グラウンドに響き渡るように声を出す立松。

 マウンドの土屋は表情変えずに佇む。


(さぁ土屋 いつものように冷静にな)


 キャッチャーの浅野がサインを出すと土屋はコクリと頷く。

 その初球に投じられたのはアウトコースいっぱいに決まるストレート。


「ストライク!!」


 このストレートを立松は手が出なかったのか見送ってしまう。

 球場中の観客はこの勝負を見守る中、俊哉らも息を飲みながら戦況を見つめる。


「ヒデ」


「なんだ?トシ」


「次は何投げると思う?」


「そうだな アウトコースへ落とすね」


 秀樹の予想通り土屋の2球目はアウトコースへのスプリット。

 立松はバットが出かかるもギリギリで止めて見送るとボールの判定。


「よく止めたな」


「外に外れるのを見えたのかな」


 あのコースに完璧に決まったスプリットに対して立松のバットが止まった事に驚きを見せる秀樹と俊哉。

 続く3球目に投じたのは高めへの釣り球だが立松はこれを見送る。


「ボール!!」


 これでワンストライクツーボール。

 立松は大きく息を吐きながらバットを構え直す。


 そして続く4球目。

 土屋の投じたのは2球目と同じアウトコースへのスプリット。

 この球に立松のバットはタイミングが合わずに空振ってしまいツーストライクと追い込まれてしまった。


「土屋の勝ちだ」


 そう言葉を発したのは明輝弘だ。


「同じコースのスプリットに対してアイツは予想が外れたのか腰砕けの空振りをした  この時点で土屋の勝ちだ もう一度同じコースに投げられて立松は三振だよ」


 自信満々に話す明輝弘に対して竹下らは納得したように頷く。

 だが秀樹と俊哉は違った。


「トシ あの空振りどう見た?」


「うん わざとかな」


「やっぱりな…… 彼奴、ただ吠えるだけじゃねぇな 頭で計算してやがる」


「でもその計算を上回るのが土屋くんだよ」


「あぁ そう願いたいな」


 そう話し戦況を見つめる俊哉と秀樹。

 グラウンドでは立松を見ながら浅野がサインを出していた。


(あの空振りの仕方は わざとの可能性がある でも前の打席では土屋の投球に手も足も出ないといった内容だった)


 迷いを見せるキャッチャーの浅野。

 ここは高めを見せて様子見を考えた浅野はサインを出す。


(高めに釣り球?浅野、少し慎重すぎるか?)


 土屋は浅野のサインに対し少し疑問を持つ。

 しかし異論はないと判断した為、サイン通りに投じることを決める。

 セットポジションから投じた土屋のボールは高めへの釣り球。


「お、らぁ!!」


 ガギィィンと打球音が響く。

 高めの釣り球を思いっきり引っ叩いた打球はレフト方向へ一直線に飛んでいくと、そのまま打球はレフトポールを外れていく大ファールになった。

 大きなざわめきが起きる球場。


「狙ってたのか?」


「いや、多分咄嗟に反応したんだと思う 狙ってたらレフトスタンドに入ってたよ」


 そんな話をする秀樹と俊哉。

 2人とも驚いたのは、立松の反応力だ。

 咄嗟に出たとしても後ろへのファールか最悪フライになっている。

 だが立松の放った打球はレフトへのホームラン級の大ファールだった。


 その不安はグラウンドでもそうだ。

 キャッチャーの浅野は立松の打撃を見て恐怖を感じていた。


(あと少しでもストライクゾーンに入ってたら持ってかれてた!?)


 あと少しでの引くかったらと考えるとゾッとする打球。

 ハァッと大きく息を吐く浅野。

 また立松も打席を一度外し大きく息を吐きながらバットをジッと見つめる。


(次は……)


 次こそは仕留める。

 そう両者は心に決めたのだろう。

 立松が再び打席に入りバットを構えると土屋を見つめる。


(さて土屋 何を投げる?)


 浅野が打席に立つ立松を見ながらサインを考える。

 土屋の投球内容を考えればどのボールを投げても打ち取れるイメージはある。

 だがそのイメージ以上に立松の存在が浅野に迷いを見せている。


(……よし決めた)


 覚悟を決めたのかサインを出す浅野。

 そのサインに対して、土屋は躊躇なく首を縦に振る。


(俺は浅野のサインに対して絶対に首を横に振らない。今までも、これからもだ。)


 絶対の信頼感。

 土屋と浅野にはそれがある。

 たとえ打たれたとしても、土屋は絶対に責めはしない。


(これで、終わりにする)


 セットポジションから土屋の右腕がしなる。

 その右腕から放たれたボールは浅野の構えた外角低め目掛けて放られた。

 投じられたボールは、ストンと鋭く落ちていくのが分かった。


(同じコース、よりボール一個分低めのスプリットだ!これで、三振だ!)

「立松は三振だ」


 浅野の心の叫びとともに明輝弘の言葉が重なる。

 腰砕けの空振りをしたコースに投じられるのを見た明輝弘は立松の三振を確信した。


 しかし、その2人の予想は違った。


(来たぜ!!そのコース!そのボール!!)


 立松は最初からこのコースへ投げられるスプリットを狙っていた。

 わざと腰砕けの空振りをして種を蒔き、高めへの釣り球を思いっきり叩いた。

 これで完全にバッテリーは焦りを感じるだろう。

 そう立松は見越しての打席だ。


(狙ってたぜ!!これを!)


 土屋の投じた完璧なコースへの完璧なスプリット。

 完璧だからこそ、立松はそこを狙った。


(いっ……けぇぇ!!)


 若干だがバットの先っぽでボールを捉える。

 だが立松は思いっきりバットを振り抜いた。


 カキィィン……


 打球がライト方向へ舞い上がるとベンチにいる選手たちがベンチから身を乗り出しながら行方を追い、スタンドの俊哉らも立ち上がり打球の行方を追う。


「マジか……」


「え、いくの?」


 秀樹と俊哉がそう思わず言葉を漏らす。

 そして明輝弘は空いた口が塞がらないまま打球を追う。


「入れ…入れぇ!!」


 一塁へ走りながらそう力強く叫ぶ立松。

 その思いが通じたのか、立松の放った打球はライトスタンドギリギリではあるがフェンスを越えていき芝生へと弾ませたのであった。


「逆転……ツーラン」


 そう思わずポロっと言葉を漏らす俊哉。

 俊哉の視線の先には、右腕を高々と掲げながらダイヤモンドを回る立松の姿があった。


 立松の逆転弾。

 試合は遂に愛知明工へと傾き始めた。


 次回へ続く。

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